福山市・房丸神社の自然と共に。
房丸神社の特徴
自然に囲まれた福山市の静かな場所です。
182号線の看板からアクセスしやすい立地です。
房丸神社の訪問後の写真が素晴らしいです。
「福山市:房丸神社」2024年4月に訪問した時の写真です。バイクで走っていると凄い階段を見かけました。雰囲気も良い感じの神社だったので立ち寄ってみましたが面白いところでした。駐車場は無く、バイクなら停める場所があるものの、車だとどこに停めようか悩ましいです。拝殿内に奉納された絵馬が沢山有りました。祭神は「足利房丸」です。神社には、永禄四年(1561年)の棟札が残り、房丸の没後、その霊を祭るために神社を建立したとあります。この神社の名前の由来でもある足利房丸は室町幕府の第11代征夷大将軍足利 義澄(あしかが よしずみ)の孫と言われています。応仁の乱に各地を流浪し、百谷にやってきました。没後、その御霊は「房丸大明神」として祀られたのがここです。また、百谷から山ひとつ隔てた東側の加茂町北山に鎮座する竜田神社は、房丸の宝剣「竜田丸」を御神体として、江戸時代初期の寛文二年(1662)に建立されたと社伝が残っています。伝記によれば、戦国の争乱を避けた足利房丸は、妻と六人の家臣と共にこの地に来て住み着いたそうです。六人の家臣も周辺に住みつき、主人を守りながら農耕に従事したとのこと。応仁の乱などがなければ、天下人に連なる人物だったかもしれません。今となっては調べようがありませんが、当時は乱世。将軍でさえ各地を流浪した時代です。房丸のような人物が備後の山間に逃れ住んだ可能性も十分にあります。
自然に囲まれて、とても良い場所です!駐車場が狭いのが、大変でした。急な階段は、お年寄りには厳しいですが、別に上がりやすいように、歩道があります。
| 名前 |
房丸神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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182号線の看板から降りてきました。足利幕府時代からの神社なのですね。階段は幅が狭く、ガタガタです。横手の参道からの方が登りやすい。神社の場所の標高は232mだそうです。近くにさるや権現があるみたいですが、こちらはたどりつけず。