高輪の幽霊地蔵、歴史の息吹。
ゆうれい地蔵の特徴
ゆうれい地蔵は正式には子安栄地蔵尊として知られている。
光福寺には無縁仏が多数祀られており、不思議な雰囲気が漂う。
幽霊地蔵はインパクトのある姿で訪れる人を魅了する。
港区高輪にある浄土宗のお寺「光福寺」には幽霊地蔵と呼ばれているお地蔵さんがいます幽霊地蔵というのはもちろん通称で、正式には子安栄地蔵尊といいますではなぜ幽霊地蔵と呼ばれるようになったのでしょうか?それはこのような言い伝えがあるからです江戸時代、光福寺に近くの二本榎通りの飴屋さんに毎晩赤ん坊を連れた若い女性が買い物に来ていました雨でも傘も持たずにやって来るその姿を不思議に思った飴屋の主人が女性の後をそっと尾行しました寺の中に入っていったことを確認した主人は後日、今度は寺の住職と共に女性の後をついていきましたすると女性の姿は消え、地蔵の前に辿り着きました住職はその地蔵を毎日供養すると、それからパッタリと女性が現れなくなったとのことこの言い伝えと風化したせいで足がやせ細って幽霊のように見えるお地蔵さんの姿が結びついてそう呼ばれるようになったものだと言われています。
歴史を感じる。
その名の通り幽霊を思わせる姿は非常にインパクトが強い。原因は砂岩などの柔らかい素材と強い海風で風化したのだろう。子育て幽霊に近い話が残っているのも興味深いところ。
「ゆうれい地蔵」とは何だか名前からして怖いが、気になったので行ってみた。それは港区高輪の、都バスが頻繁に走る、交通量の多い通りに面した「光福寺」にある。ひとつもおどろおどろしいところではない。お寺の門をくぐって左に向かって歩いていくと、墓地の入口にお稲荷さんの祠があり、すぐそばに小屋掛けの「幽霊地蔵」さんがある。なるほど、童形の、穏やかに微笑むお地蔵さんではなく、光背に浮き彫りになっているのは、お顔はまだしも、胸のあたりはリアルな肋骨というにはあまりにも少ない2本くらいのあばら骨、そして足元に向かってどんどん細くなる、江戸時代の幽霊絵のような不思議なレリーフである。いまは屋根の下におられるが、昔は雨ざらしで、たまたまこのように風化したのかも知れない。だが、当方もそれなりにお地蔵さんや道祖神の石像を見てきたが、こんなのは見たことがない。「幽霊」の語に引き寄せられてか、このお地蔵さんにも「幽霊飴」の伝説があるという。近所の飴屋に、若い女が雨の日も風の日も、夜ごと飴を買いに来る。これを不思議に思った主人が跡をつけてみると、寺の墓地に入っていき、新しい墓のところで姿が消える。赤子の泣き声がするので、墓を掘り返すと、女の亡骸のそばに新生児がいて、救い出される。幽霊は、身重で亡くなった母親で、赤子を養うために飴を買っていたのであった……という話で、日本各地に分布しているものであるから、ここが出どころとは言えないだろう。
| 名前 |
ゆうれい地蔵 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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無縁仏も沢山お祀りしている光福寺のゆうれい地蔵さま。しかし品川沖で上がったこの像は子安地蔵として信仰されているようです。