雑居ビルの二階に、幸徳稲荷神社。
幸徳稲荷神社の特徴
ビルの二階に位置する、珍しいお稲荷様です。
山城淀藩の武家屋敷に由来する歴史ある神社です。
雑居ビル内に美しく格納されたお稲荷様が魅力的です。
お稲荷さんだけれどビル🏢大切にされているのだな💕と思う。
500世帯くらいの氏子の方々が大切に守っていらっしゃる地元のお社です。ビルの階段を登って最初の踊り場に手水舎が据え付けられておりました。更に階段を上ったところに御本殿があります。造りとしては大変珍しい形態だと思います。御本殿も綺麗に清掃されており大切にされていることを感じます。お賽銭箱に書き物がありましたが、お賽銭泥棒がいるようでお賽銭入れが壁につけられていました。
ビルの二階に有ります。
建物の2階につくられた小さな稲荷神社。外階段を登ってします。
ビルの2階に祀られております。珍しい作りの神社です。お賽銭入れは壁にあります。
元々は当地に存在した山城淀藩の武家屋敷の邸内社だったという。その際には「鍛冶屋稲荷」と呼ばれていたとか。明治年間。江戸の町が様変わりすると、近隣に移り住んだ住民らがこの稲荷社の管理を引き受けたとのこと。そして、京都の伏見稲荷神社から神様を再勧進したとある。現地で無料配布されている説明書によれば、社殿は江戸年間作成のものらしい。また、かつては境内に元禄年間銘の水盤や文化年間銘(慶応年間に再建)の石鳥居がの手水石や鳥居があったようだが、これらは関東大震災で逸失したとのこと。したがって、現在、大震災以前の遺物は社殿のみと思われる。なお,大震災復興期である大正十三年銘の小型の手水石が二階に設置されていた。屈み込めば使えるらしい。また、蛇口も付いている。
ビルの2階にあります。
雑居ビルの2Fにきれいに格納されたお稲荷様です。狭い階段をあがったところにちんまり収めてあります。鉄骨で組んだ骨組みにプラトタンの屋根つき。何やら春日の局の後裔のお屋敷にあったものだとか書いてあります。小さなおやしろに極太の鈴紐。ガラガラ鳴らしたかったのですがすぐ隣が町内会の詰所になってて何やら議論がもりあがっていたので鳴らさずお参り。こんな都会の真ん中で寄合が活気づいてるというのもいいなぁ。
氏子として誇りに思っています。
| 名前 |
幸徳稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ビルの2階に「幸徳稲荷神社」があります。説明文には『 幸徳稲荷神社の由来当稲荷神社は旧幕時代山城の国淀城主(現在京都府伏見区淀町十万二千石)稲葉但之守(三代将軍徳川家光の乳人 春日の局の後裔の江戸小川丁中屋敷に祀られてあったもので当持は鍛冶屋稲荷と称し代々五穀武運長久を祈願された由緒ある社と伝えられています明治維新後はこの地に商家町民移り住み町の名も小川町一番地となり町内の守護神として伏見稲荷神社より霊を勧進し近隣氏子有志によって新しく社殿を建立 毎年五月十四日十五日の両日修式を行い神楽を奏し祭典を施行して参りました昭和二十一年小川町部町会が解散され現在の四つの町会に分離した時 古老総代は神社の廃絶をのみ相計り幸徳稲荷神社本信会を結成(氏子五百世带)町会相互の速絡 親睦とㄧ層崇敬を深めつつ、現在に至って居ります特に大東亜戦にも社殿は戦災をまぬがれ戦后の町の復興再建に或は町会発足の基となって私達を勇気づけ、励けまして今日に至って居ります此度宗教法人となりましたのを機会に社殿に社務所を新築し子孫の守り神として存続するものであります昭和四十三年四月二十日 』と書かれています。