明治天皇の皇女の遺品、歴史を感じる天満宮。
防府天満宮 貞宮遥拝所の特徴
明治天皇の第十皇女の遺品が納められた神社です。
菅原道真が立ち寄った歴史深い天満宮です。
遺徳を偲ぶために祀られた文化的な名所です。
明治天皇の第十皇女 貞宮多喜子内親王の遺品がここに納められています。山口県出身のご養育係 楫取素彦によって納められたそうです。
| 名前 |
防府天満宮 貞宮遥拝所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0835-23-7700 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ここの天満宮は菅原道真が立ち寄ったこともあり、彼の遺徳を偲んで祀られたものである。創建の古さでは防府天満宮が太宰府天満宮よりも古いと云われている。その他に、明治維新の実力中心部隊となった長州藩士の心の「母」として野村望東尼(もとに)の句碑も神社にはある。次に明治に入ると境内には夫婦の銅像があるが、それは楫取(かとり)夫婦像である。楫取素彦の正妻は亡くなっていたが、その妻の妹が美和子であり、彼女は吉田松陰の妹でもあり、久坂玄瑞の妻でもあった。玄瑞が禁門の変で自害した為、22歳で未亡人となってしまうが、やがて素彦と美和子は再婚している。そして素彦と美和子は明治天皇の子供「貞宮」の養育係となっていた。ところが貞宮は急死して一歳で亡くなってしまう!その後、夫婦は(香淳皇后:昭和天皇の皇后)良子皇后の養育係となって長州人(山口県)が中心となって皇室教育に関わって行くのである。そして美和子の娘が楫取寿子であり麻生太郎の曾祖父麻生太吉へ嫁いでいる。その為、皇室関係者と麻生太郎氏との関係が生まれている。またその上に、太郎氏の妹(信子さん)は寛仁親王に嫁がれている為に麻生家は天皇家(皇室)と親戚関係となっている。