多気坂本神社で感じる冬の風情。
多氣神社・坂本神社の特徴
幼い頃の思い出、大晦日の獅子舞いが印象的です。
10月25日の神祭では夜店が沿道に並び賑わいます。
春には花見を楽しむ絶好のスポットです。
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とにかく寒い((⛄))所です。
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幼い頃大晦日には獅子舞いが出て、神祭は10/25夜店が沿道に出て、子供相撲も有りましたよね✨春は花見にも行きました。
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| 名前 |
多氣神社・坂本神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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多気坂本神社(たけ・さかもとじんじゃ)。高知県安芸郡奈半利町乙中里。式内社(小)多気神社、及び、式内社(小)坂本神社論社、旧郷社。【祭神】武内宿禰 葛城襲津彦命【関係氏族】多気神社は阿支奈臣 坂本神社は坂本臣と、その同族たる布師臣資料によると、中里の集落内辺り、一帯が多気ケ丘公園になっているところに鳥居があるが、これは御旅所。さらに奥へ進むと森の中に境内がある。境内には多気神社と坂本神社の、二社相殿の社殿がある。もともと別の神社だったが、いつ合併されたのかは不詳。遅くとも江戸時代初期には今の状態だったという。慶長9年(1604年)4月の棟札に「嶽大明神坂本大明神」とある。両社とも創祀・創建年代は不詳。沿革もよく分からない。『土佐国式社考』では、多気神社は阿支奈臣の祖神として武内宿禰を祀り、坂本神社は布師臣・坂本臣の祖として葛城襲津彦命を祀るとしている。現在もこれを踏襲しているようで、この説であれば、御祭神は父子となり、古くから両社は関係が深かった、とも考えられる。平安時代の貞観8年(866年)5月22日には、土佐国坂本神として従五位下に叙された。多気神社は昔、嶽明神とも呼ばれ、周辺の山頂にあったものか。あるいは、『古事記』における土佐の別名、建依別を意味する可能性もあるという。ただ、現在地はもとの多気神社の地で、坂本神社が現在地の南方600mほどのところに鎮座、いずれかの時期に、多気神社の地に遷座した、とも。『古事記』の初代神武天皇の東征の通過地である阿岐国多祁理の宮は、広島の安芸ではなく、高知の安芸で、多祁理の宮は、この多気神社近辺、という説もあるという。ちなみに、多祁理の宮の跡とされるのが、安芸の多家神社。境内末社に壱岐神社(壱岐直根子命)があり、相殿に多賀社がある。近郷の伊勢講の拠点だったといい、伊勢の神宮(伊勢神宮)式年遷宮にあわせて葺替する。なお、式内社「坂本神社」に関しては、他に、芸西村和食(馬ノ上)の王子宮が参考社として挙げられることがある。とあります。