歴史感じる磐座の聖域。
三島神社の特徴
四国中央市に位置する歴史ある神社で、弥生時代から続く祭祀の場です。
秋祭りや輪越しには多くの屋台が並び、賑やかな雰囲気を楽しめます。
境内では朝から三味線の音が響き、癒しの時間を提供してくれます。
2025/10 参拝伊予三島祭が行われていたので、ゆっくり参拝はできませんでした気になる狛犬や彫刻など沢山あったので、次回は静かな日に行ってみたいです。
夏は蚊よけ必須!いつも心の拠り所にしてます。いつも綺麗にしてくれてる地域の皆様ありがとう。
氏神様です。平成7年の初詣に元旦に出かけました。少ししかない駐車場(境内に未舗装で)がいっぱいで国道までやや混雑してました。自分たちは徒歩で行ったので影響はなかったですが。お参りも混雑していて長蛇の列だったので諦めました・・・
街中にありながら多くの木々に囲まれた立派な神社です。各所の彫刻の施しが目を引きます。創建は伝養老4年(720年)旧本殿の造営は延徳2年(1490年)神門の建造は文政4年(1821年)社殿の再建は明治23年(1890年)県の神社庁によると御祭神は大山祇神(おほやまつみのかみ)、高龗神(たかおかみのかみ)、上津比咩神(かみつひめのかみ)、下津比咩神(しもつひめのかみ)、雷神(いかづちのかみ)とされています。大山祇神社について古事記・日本書紀には「山の神」とある一方、伊予国風土記では和多志大神(わたしのおおかみ)とされており、「わた」は海の古語であることから「海の神」でもありました。山の神であると同時に渡航の神とされていたそうです。高龗神は降雨・止雨を司る龍神だそうで古くから多くの人々の生活を永く見守ってきたそうです。クルマ以外のアクセスはJR伊予三島駅より徒歩約15分。せとうちバス三島港または御旅所停留所より徒歩約2分。です。
駐車場は北側国道沿いから入ると4台あります。6月30日にリピです。輪抜け祭りで出店が沢山でてました。静かな荘厳な雰囲気とは全く別物。輪抜けして笹を持って帰るらしい。8の字に回らないのですね。由緒ありそうな荘厳な神社。ただし賽銭箱が何処にもなく、お詣りの仕方がわかりませんでした。大王製紙の創業者一族の寄付がものすごい。至る所に井川家の名前が。流石製紙業の街。なので賽銭はいらない?よくわからなくて見学だけで終わりました。
元日に初詣に行きました。お詣りの方が多く、15分程並びました。厄落としの案内が掲示されていて、助かりました。古い御札を納めるところも設けられてました。
4年ぶり?の花火の日に行きました!久しぶりに活気があって楽しかったです!
2023-06-16この神社群が三島では最も代表的な神社であろうと思う。なおこの地が三島と呼ばれるようになった由来がこの神社にあるらしい。狭隘な三島の地に建つ神社故、広大さからくる厳かさはないが建物や鳥居が古びて何か雑然と並んでおり草木生い茂る様子が却って、自然で昔から変えられていない風であり気持ちを落ち着かせる。南方入口にある三島神社随神門は市指定有形文化財となっているが、古式ゆかしく大変に立派なものである。皆さんにも一度照覧されることをお薦めする。どれがどれだったかは記憶がないが、下記のような沢山の境内社を抱えることは大変珍しい。諸山祇神社(十六社)、合祀社宮(八幡神社、荒神社、幸神社、斎霊神社、外 を合祀)、天神社、笑子神社、住吉神社、春日神社、天照皇太神宮(豊受大神宮、出雲大社、宇佐八幡宮 を併祀)、大石神社(磐座)、田畠神社(社日神社)、水神社、室神社、目神社、三鉾神社神社の由来は愛媛県神社庁HPによれば以下。奈良時代の初期越智玉澄宇摩の大領に任ぜられ今の上柏町御所の地に新館を建て宇摩郡を経営したが、年老い毎月の大三島宮参籠も出来なくなったので、養老4年旧8月23日大三島宮より奉遷し八綱浦三津名岬加茂川上冠岡の地を選び奉斎したのが始であり、それより此の地を三島と云う様になった。
古い神聖な場所です。駐車場は国道側から3台ほどあるらしい。正門がある方は道が細く一通だから、注意。
| 名前 |
三島神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0896-23-3626 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
結構立派な神社でしたが、いろいろ古びてました。御朱印は書き置きというかはんこだけのものでしたが、なんと無料。お賽銭だけ上げてくれれば、とのことでしたので、いつもよりは多めに入れておきました(笑)