国宝松江城の歴史を感じて。
松江城の特徴
国宝に指定された松江城は、日本で数少ない現存天守の一つです。
1607年に築城が始まり、堀尾吉晴が手がけた歴史あるお城です。
内堀や美観地区が魅力的で、桜の時期の散策が特におすすめです。
松江城は18万6,000石の城下町松江のシンボルで、全国に現存する12天守の一つであり2015年に国宝に指定されました。松江開府の祖堀尾吉晴が慶長12年(1607)から5年の歳月をかけ完成させ、堀尾2代、京極1代、松平10代の居城でした。石垣はごぼう積み・野面(のづら)積みと呼ばれる工法で構築され、400年を経てもなおゆるがない見事なものです。
松江城は、現存天守を持つ貴重な城として知られています。外観は重厚感があり、堀や石垣を含めて歴史的な雰囲気をしっかり感じられます。天守内部は急な階段が続き、観光地として整備されつつも当時の構造を体感できる造りです。最上階からの眺めも良く、市街地や宍道湖方面を見渡せます。派手な演出があるわけではありませんが、歴史好きには十分見応えがあります。観光として一度は訪れる価値のある場所だと思います。
2026年2月に、はじめて松江城にいきました。最初は散歩がてら、近くに寄っただけですが。目の前に天守閣を見ると、登りたくてしょうがなくなったので、時間ギリギリで急いで登りました。天守閣か街を眺めるのはとても良い眺めであり、天気も晴れで湖もよく見えました。暖かい日の散策ついでに、最上階まで登るのは、観光の名所めぐりとして1つかなりおすすめです。なお、想像の「2倍」は階段を上ります。ご留意を。
国宝・五大天守の一つ「松江城」。築城主の堀尾吉晴公は、織田信長公・豊臣秀吉公に仕え、数々の戦国時代の戦に従軍した経験・実体験から、より戦いを意識した実戦的な城の縄張り、構造、仕掛けを有する城を短期間のうちに築城した。「質実剛健」、簡単な言い回しだが、この城を観ると、そんなことが思い浮かぶ。これで国宝・五大天守は、全て制覇。これからは現存十二天守を制覇することが目標!(実際は、あと七天守)
ひとり旅で訪れました。松江駅からはバスで10分ほど。現存12天守のうちの一つだけあり、街中にあるお城ですが、風格がすごい。松江城を残すために尽力を尽くした方々の説明を入り口で読んでいたので、感慨深くなりました。二の丸に行くまでの石段を上ると、松江神社、興雲閣、櫓があります。どれも入場無料。天守に真っ直ぐ向かう方が殆どでしたが、櫓も自由見学でスリッパも用意されているので見学してみて良かったです。全国の色々なお城に行ってますが、城内の展示物も実際に当時使われていた物だったりと、見ごたえたっぷり。急な階段(段差もかなりあります)を上り終えると松江を見下ろす絶景。宍道湖や塩見縄手も綺麗に見えて、一望でした。お城を出て、塩見縄手方面に歩くと、より昔のままの姿で石垣や石段が残されているので、歴史好きな方は裏手に回るのがおすすめ。10年前に一度来た時は上れた築城時の姿のままの石段は通行禁止になってましたが、ギリギリ井戸や馬を洗っていた池などもあります。
中国地方横断の旅で、立ち寄りました。車を、島根県物産観光館の無料駐車場に止めて、松江城に訪れました。堀尾吉晴公像から、大手門跡、太鼓櫓、三ノ門跡、二ノ門跡、南多聞櫓を辿って、松江城に行きました。松江城登閣券は800円で、年中無休です。松江城は、外観は4重、内部構造は5階、地下1階の構造で、入口に附櫓を設けた複合式楼型に分類されています。狭間や石落とし、石打棚などの防御、井戸や塩蔵を設けるなど、実戦を意識して築かれた城です。現存する12天守のひとつで、平面規模は2番目、高さは3番目の規模を誇ります。天守からの眺めは、当日雪が舞っていて、とても幻想的な景色になりました。帰りは、松江神社に参拝して、千鳥橋から島根県庁経由で戻り、物産観光館でお土産を買いました。時間があれば、松江城を違った角度から眺められる、堀川めぐりをしてみると良いと思います。
国宝の天守も良いですが、武家屋敷などがある御城北側の堀周りの雰囲気がとても良いので歩いてみて欲しいです。天守閣入るのは¥800です城の北西の市営駐車場の駐車券を天守見学時に機械に通すと割引されます。お掘りの遊覧船も良いらしいですが乗ったことはありません。
数少ない国宝。国宝ということは現存部が非常に多いということ。なので階段は急だし石垣は無骨だしみがいがある。駐車城が有料なのがねっく。減免もあるけど無料にはなりません。
国宝の松江城にいきました。お城は、僕自身興味ないですが、友達に連れられて行きました。ここは、建て替えも無く、昔のままで、タイムスリップした感覚になり、将軍様になった気分でした。是非、歴史、お城大好きな方、行ってみてください。Kokuhō no matsuejō ni ikimashita. O-jō wa, watakushijishin wa kyōmi ga nai nodesuga, tomodachi ni tsure rarete ikimashita. Koko wa, tatekae mo naku, mukashi no mama de, taimusurippu shita kankaku ni nari, shōgun-sama ni natta kibundeshita. Zehi, rekishi, o-jō daisukina kata, itte mite kudasai.
| 名前 |
松江城 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0852-21-4030 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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松江城(島根県松江市殿町)堀尾吉晴築城。吉晴は尾張出身で秀吉の武将として活躍し秀吉の信任が厚かった。関ケ原の戦いで子忠氏の活躍により出雲隠岐24万石を与えられ冨田城に入城。富田城は近代城郭としてかなっていないため松江の吉晴推挙の荒合山(元就が荒隈城構築)と忠氏推挙の極楽寺山(末次城築いたとされる)の2つに絞った。慶長9年(1604)忠氏急死により孫の忠晴を後見し吉晴は政務に復帰。吉晴はしぶっていた極楽寺山(松江城)築城に忠氏意志をついで着手。慶長16年(1611)松江城完成すると吉晴65歳で没した。寛永10年(1633)忠晴は死去した。嫡子なしで改易。1634年京極忠高が若狭小浜藩から城主として移封。1637年死去、嫡子なく松江を去る。1638年から家康孫、結城秀康の子、松平直正が播磨姫路藩から入封し明治維新まで松平氏が治めた。城南側千鳥橋から入城し二の丸各櫓、大手門に下り二の丸下段、脇虎口ノ門、馬洗い池、北の門、二の門から天守へ松江神社から西側亀田橋で下城。さすが堀尾吉晴の築城、名城。現在もよく整備され二時間あまり堪能しました。天守を残してくれた明治の偉人に感謝。