古四王神社で目を洗い、伝説を感じる。
古四王神社の特徴
古四王神社は武甕槌命と大彦命を祀る神社です。
目を良くするご利益がある神社として信じられています。
全国でも珍しい神事が行われるお祭りが特徴です。
古代国家の北方防衛と深く結びついた歴史ある神社。(26.5)
古四王(こしおう/Koshioh)神社と読みます。この古四王神社は秋田県だけでなく、特に東北地方各県に小社散在している傾向が見られ、読みは同じでも、充てられている漢字が、古四王だけでなく、県外を見渡すと巨四王・小四王(山形県)や胡四王(岩手)、綴りが変わって髙志王(新潟,福島)、腰王(岩手)などを見ることができます。けれども、秋田県内には多くあり、そのなかで格段に規模の大きいところが、この寺内児桜の古四王神社です。祭神が武神の武甕槌神(ここでは齶田浦あぎたのうら神)を据えることから、蝦夷平定のために中央からやって来た阿倍比羅夫や坂上田村麻呂が蝦夷討伐で立ち寄ったとされる田村神社も境内内に摂しています。秋田城(秋田駅前の千秋公園にある久保田城ではなく、もっと古い出羽柵から承継された郭)のある一連の籠森の南端に建っていて、そもそもは北辺の鎮護が鎮座由来であったところへ、長い歴史の中で豊作や当病平癒(眼病に効験)の願意まで加わり、観音霊場(ここは天台の本山方修験の系統)まで包摂して戦前までは国幣小社に列せられていました。社格廃止後も威儀を保ち、県内最高位の神社として有名です。北に建つ護国神社を目指して行けば、その麓の羽州街道東側に鳥居と駐車場があります。主祭神の齶田浦神の"齶田"は、秋田の元字であると言われており、千秋公園内の神社よりも先にまず、参りたいところでもあります。道路から鳥居を入って、すぐ左手に授与所があり、ほぼ向かいに田村神社の摂社、階段を登って正面に本殿、左後方に回り下りると岩戸神社や神明さんが建っています。この神社の本殿の造りが独特で、拝殿から離れて建つ神殿へは太鼓橋擬宝珠欄干の渡りが造られており、雪深い地には珍しい天蓋を被せない別殿になっていますから、ぜひ本殿周囲を一周してご覧になってみてください。拝殿の胡床列後方の灯明台は、厄除けの桃を象っています。
由緒書きを見ると、「古四」は「越」から来ているのであろうことを想起させ、なるほどこの地は越(高志)を治めたか経由して来たであろうとロマンを感じさせます。しかし今は被災の復旧で苦しんでおられるのか、少々寂しさを感じさせる雰囲気です。社務所にも人は居られず、室内は荒れていて少々心配になります。
秋田市鎮座の古四王神社です。各地の古四王神社巡りでお参りしました。ここは「出羽国 国史見在社 高泉神社」に宛てる意見もあるようですがさて。駐車場ありました。
今、参道の階段付近は業者さんによる作業中だったようてすが、本殿前はされていませんでした。その分、ゆっくりと参拝させてもらえました。歴史を感じる雰囲気でしたし、パワーを頂けたような気がします。御朱印は本殿下の社務所で頂けました。
2025.1.9.訪問【あきた羽州街道時を越えた散歩道より】斉明天皇4年(658年)秋田に来た阿倍比羅夫が大彦命を祀ったと伝えられている「小高い丘に建ち並ぶお堂」征夷大将軍坂上田村麿が再興したという伝承がある 文献資料に彼が秋田へ来たことは確認されていないが田村麻呂の伝説は寺内を中心に秋田に広く伝えられているまた目を痛めた大彦命が高清水の霊泉で目を洗い治したと伝わっていることから古四王神社は目を良くするご利益があると信じられている街道絵巻では社殿が北を向いているが明治19年外町の大火で延焼したあと再建され現在は西向きになっている古四王神社のお祭りでは 棒に米の粉を塗りその付き具合いによりその年の豊凶を占う全国でも珍しい神事が行われている【筆者雑感】長く古い石段に歴史を感じた参道は雪寄せしてあり急角度の石段は手すりもついていた 社殿は正面部分雪囲いしていた。
御朱印頂きました。
御祭神 武甕槌命 大彦命。本殿は一間社入母屋造 向拝正面の水引虹梁の菊唐草や、側面手挟の藤唐草の絵様繰形は稀に見る傑作です。また、桟唐戸を含め四方に施した“結界”を意味する襷桟、大型の蟇股や擬宝珠などの意匠は他に類例がありません。境内案内板より。
秋田県秋田市、秋田城跡の南、寺内児桜に鎮座、以前に参拝しましたが、神社の事には無知でしたので引用を用いて少し調べました、創建は不詳とされていて、社伝によれば、崇神天皇の御代、蝦夷平定の為四道将軍の一人として北陸道に派遣された大彦命が、北門の鎮護として武甕槌命を齶田浦神(あぎたのうらのかみ)として祀ったのがはじまりとされます。齶田浦神を武甕槌命とするのは後世にできた説で、本来は秋田浦の地主神であったと考えられているようです。御祭神は、武甕槌命と大毘古命である。由緒の古伝では、崇神天皇の御代に四道将軍の一人として北陸道に派遣された大彦命が、葦原中國平定に功のあった神代の武神武甕槌命を奉齋創祀し、齶田浦神と称されていたが、斉明天皇の4年阿部比羅夫が秋田地方を遠征した際に、祖先でもある大彦命を合祀して古四王神社と称し奉るようになったといわれてる様です、歴史的建造物、仏閣、神社巡り、パワースポット、散策、散歩、参拝、城巡り、絶景、景色撮影、秋田県観光、御朱印集め等好きな方訪れて見て下さい。
| 名前 |
古四王神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
018-845-0333 |
| HP |
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/tatsujin_etc/kennsaku/akita/043_kosiou.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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秋田城跡のすぐ近くにあり、周辺一帯が史跡に指定されている非常に歴史の深い神社です。社伝によると崇神天皇の時代、四道将軍の一人である大彦命が北門鎮護のために創建したと伝えられており、後に阿倍比羅夫や坂上田村麻呂も戦勝祈願に訪れたといいます。まさに東北の歴史を見守ってきた特別な場所だと感じます。鳥居をくぐり、趣のある石段を上ると、お寺のような独特の風格を持つ美しい拝殿が現れます。境内は非常に静かで、一歩足を踏み入れるだけで心が洗われるような神聖な空気に満ちていました。古くから豊作や眼病平癒のご利益があると言われており、地元の方々に大切にされているのがよく伝わってきます。秋田城跡歴史資料館からも徒歩10分ほどなので、歴史散策ルートとしてセットでの参拝がとてもおすすめ、公共交通機関でのアクセスは、秋田駅から路線バスで「寺内地域センター前」下車が便利です。