奈良時代の荘厳な神社で、歴史を感じる御朱印。
机崎神社の特徴
由緒ある神社で、長州軍駐屯地として歴史的な背景があります。
書き置き御朱印が拝殿に用意されていて、丁寧に封筒に入れられています。
稲積山に創建され、第二次長州征伐の激戦地としても知られています。
奈良時代からある五穀産業開運の神様だそうです。今年(令和7年、2025年)は、令和の米騒動のため豊作を強く願っています。心を込めて祈願しました。鎌倉時代初期の建久3年(1192年)益田氏4代 兼高が浜田から益田に移ってきて益田氏を名乗るようになりました。兼高が稲積神社(現在の机﨑神社)を修復したことにより、神威がますます増しました。幕末の慶応2年(1866年)四境戦争石州口の戦い。大村益次郎(村田蔵六)率いる長州軍は机﨑神社に集結し、益次郎は稲積山から幕府軍(浜田藩と福山藩)の動向を探り作戦を立てました。
裁判所前バス停から歩いて行きました。山の入口に鳥居が建ち、さっそく石段を上がって行くと、どうやら裏から失礼してしまったようで、稲荷さんの鳥居を潜り境内へ。ひっそりとした雰囲気の中でお参りし、書置きの御朱印を拝受。ありがたく感謝申し上げるのでありました~
奈良時代に建立された神社でとても荘厳でした!!御朱印は一枚一枚封筒に入っていました。
入り口の大きな真っ直ぐそびえ立つ杉の木が出迎えてくれました。落ち着いたたたずまいで、奈良時代の神社⛩️です。書き置きの御朱印が封筒に丁寧に入れてありました。神社の下に駐車場🅿️が1、2台あります。
駐車場が見つけられず、脇に停めさせてもらいの参拝でした。橋のふもとから上がって行ったのですが、意外と境内は広かったですね‼️本殿も細かく造られていて、御朱印も書き置きのものがありました🎵🎵
奈良時代からの歴史ある神社。入り口が分かりにくいのと、駐車場がないので注意が必要です。摂社の稲荷社は、蜘蛛が巣を張っていて中に行くことができませんでした。書き置きの御朱印を頂くことができます。
4境戦争の長州軍駐屯地。秋の大祭では奉納神楽があります。
「書き置き」の御朱印をいただきました。
もとは稲積山に創建されました。いなごが大量発生し農作物に大きな被害があった際に住民が一心に祈願した所、いなごが消え去ったため稲積神社と呼称され農業の神様として信仰を集めたとのことです。益田兼高も信仰していたとのことですが、南北朝時代に南朝方の日野邦光が稲積山に城を構えたのを機に現在の机崎(つくえざき)に遷座して現在の呼称になったと伝えられています。
| 名前 |
机崎神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0856-22-3619 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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