厳島合戦の舞台、絶景の穴場へ。
宮尾城跡の特徴
小さなながらも歴史的意義のある宮尾城跡です。
厳島の戦いが繰り広げられた貴重な城の跡です。
安芸国佐西郡厳島に位置する歴史深い場所です。
なぜ落城しなかったか気になり訪れてみました標高約50メートル 西側はほとんど絶壁実際に来てみて納得しました。
歴史的には凄い場所なのですけどそれを感じさせてもらえます物は無いかなぁ・・・と言う感じでした。
厳島合戦を語るには外せない城です。毛利元就は大寧寺の変で主君を弑虐した悪人、陶晴賢を厳島に誘い込むために急造で囮の宮尾城を築き....というのは全て不正確な俗説で、実際にはそれ以前から城として整備されていたとか。工藤新一みたくデート終わりに10分もらって駆け上がり見て回りましたが、口コミで見ていたよりも城の雰囲気を感じます。宮島では珍しく、静かな時間が流れています。
Youtube動画の『Yukimura ch』さんがやってる『毛利元就編』がめっちゃ面白いんよな。もうすぐ厳島合戦の動画やろって事で小学校の修学旅行以来久しぶりに宮島&厳島神社に来ました。宮尾城跡に来たのは初見ですwこの場所で陶晴賢2万人に対して毛利元就の家臣己斐直之?(やったと思う)が1500人で籠城して陶晴賢を引き付けてたんよな。瀬戸内海の景色は綺麗やったけど海水はそこまでやな。フェリー往復500円、厳島神社300円でしたよ。
厳島合戦の際に毛利元就方が布陣した城とのことですがそれを感じられるような遺構もなく景色も臨めないので雰囲気だけしか味わえません雑木林がなければ湾が見渡せるであろう小高い地点なので厳島合戦においてはそれなりに重要なポイントではあったのかなと想像します。
宮島の要害山(標高30m)の小高い丘に戦国時代築かれた山城。大内氏を掌握した陶と毛利元就による「厳島合戦」の舞台の一つで毛利方の城。敵対する陶の本陣は五重塔がある塔ノ沢にあった。現在もこの丘から塔ノ岡の位置が目視で確認できる。厳島合戦以降の歴史では宮尾城の存在が確認できない。現在ではフェリー桟橋やその前の広場や商店街が要害山の麓に存在するが、当時は海岸域が麓まで迫っていたようで、瀬戸内海に面した水軍城の要素もあった。山頂には東小屋と今伊勢神社があり、城としては西曲輪、堀切などが確認できる。
厳島合戦の際に毛利元就方の布陣した城。遺構はほとんどなく曲輪が分かる程度。厳島合戦の舞台となった城でありながら、あまり観光的に整備されておらず、要害山の看板と古戦場跡の看板がある程度で城を示すものの設置はない。陶晴賢方の布陣した五重の塔あたりを見渡すと厳島合戦の状況を想像することができて感慨深い。
ほんの少し登れば本郭に行けます。上の方には二の郭などイメージできそうなものはあります。ただ誰も存在も気にしていないのか来ませんね。厳島合戦で重要な役割を果たした城です。毛利元就好きなら来てもいいかもです。
1555年(天文24)春、毛利元就が陶晴賢との決戦の場に厳島を選び、晴賢をおびき寄せる為に築いた囮城ともいうべき城で、往時は城際まで海が迫り海賊城の性格を持っていた。元就は宮尾城に中村二郎左衛門を置き、更に厳島神領衆の己斐豊後守・新里宮内少輔を派遣し晴賢に備えた。僅か3百余りの兵が拠る宮尾城だったが10日余りの籠城戦に耐えた。現在は今伊勢神社と東屋があるのみですが雰囲気はあります。
| 名前 |
宮尾城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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特に目立った遺構が残っているわけではないですが、景色はとてもいいので穴場としてオススメです。