秀吉ゆかりの大岩へ、歴史探訪!
太閤岩の特徴
備中高松駅から徒歩でアクセスできるスポットです、ぜひ訪れてみてください。
太閤が本陣を置いた石井山の魅力的な場所です。
急な道を登ると静かな雰囲気が広がります、自然を楽しみましょう。
天正10年(1582年)5月の備中高松城の戦いの際に豊臣秀吉が本陣とした石井山から5分程度のところにある大岩。作戦上の目標物にしたということだが意味不明。当時は現在のように樹木が鬱蒼としておらず遠くからもよく見えたのであろうか。この大岩から更に奥に続く道がある。来た道を戻るのも芸がないかとも思いそのまま進んでみた。問題なく歩ける道で若干遠回りになるが、ぐるっと周わって「蛙ヶ鼻の築堤跡」に着くことが出来た。
秀吉が備中高松城を水攻めした際に目印にした岩との事で、大きな岩があります。ある程度整備されていますが、動き易い格好で、ハイキングするつもりで登って下さい。麓から登ると太閤岩までの間に秀吉の本陣跡と宗治公の首塚があります。本陣跡からは備中高松城がよく見え、秀吉が水攻めした際の情景を思い浮かべる事が出来ます。
備中高松駅・高松城跡(徒歩約40分)、常昌院(徒歩20分)の場所です。常昌院側の入口は案内板も無く民家(空家)の裏庭を通るので初見では分かり辛いかもしれません。傾斜もかなりきつく蜘蛛の巣が大量にありますので、時間のある方は高松城跡側から登るのをお勧めします。足腰に自信のある方は是非一度は訪れてみて下さい。
麓からそれなりに山道を歩くので、気を付けていきましょう。
太閤が本陣を置かれた石井山にあり、比較的なだらかに登れる持寳院裏と、急ですが到達距離の短い常昌院脇からの登山口があります。私は時短狙いでかなり急で滑り落ちそうになりましたが常昌院脇から登りました。太閤岩までは間違いなくこちらからが早いですが、太閤本陣跡まで行くと結局、持寳院登山口からと同じ結果だと思います。結論、歩きやすい持寳院からのルートをお勧めします。太閤本陣跡は、切腹された清水宗治公の首実検をされた寺寳院跡、清水宗治公首塚もあり、眼下に備中高松城趾を望む事が出来、当時を偲べます。巨大な太閤岩は太閤本陣跡からさらに150m程頂上を目指した所にありますが、周囲の見通しも悪くとても太閤が此方にいたとは思えません。案内板の説明通り作戦の目印として使用された案に賛同します。太閤は、持寳院があった高松城が見渡せる太閤本陣跡に着陣して指揮をとっていたと思われます。
クモの巣がヒドい…
太閤岩への道は途中までは、整備されていますが、 まだ道が整備されていないのが、現状です😓高松城址公園に続く道なんとかしたいですねー。
秀吉が備中高松城を水攻めにする際、龍王山から石井山に本陣を移したが、付近にあるこの大岩(太閤岩)が着目され、作戦上の目標物として活用したのではないかと言われています(説明板より)確かにこの岩だけぽっつんとあり、違和感はあります。本当にここに昔からあったのか、秀吉が持ってきたのかはわかりません。
| 名前 |
太閤岩 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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太閤岩の由来は羽柴秀吉が織田信長の命により、毛利方の清水宗治が守る備中高松城を攻めた時の、秀吉ゆかりの地です。この岩を作戦上の目標物にしたそうです。大鳥居の近くに太閤岩の案内板があります。ここから登っていきました。太閤岩まではおよそ20-30分かかります。道は人が歩ける程度には舗装されていますが、足元が悪く、かなり狭いです。運動しやすい服装で、軽い登山だと思われて進むことをお勧めします。太閤岩までの間には、清水宗治公の首塚、石井山の秀吉本陣跡があります。