多門櫓と桜の美しさ。
亀山城跡の特徴
伊勢亀山城跡は粉蝶城として歴史的な価値があります。
大正天皇が宿泊した建物が残る貴重な史跡です。
桜の季節には美しい景色が広がる訪れる価値のある場所です。
多門櫓には入れませんでした(平日は外観のみ)。でも石垣の上には上がれました。そこからの宿場町の眺めが美しいです。
名古屋お出かけフリー切符で亀山駅から歩いて行きました。ゆっくり歩いて15分ぐらいです。多聞櫓が残っています。御城印は亀山商店街の中のお店で取り扱っています。かつては東海道の宿場町だったのを思い出させてくれる道がありました。
正式名称は「多門櫓」です。亀山城を解体する際、使用していたことで解体されずにのこってたそうです。てっきり再建されたと思ってましたが、調べてみたらそうではなかった。三重県県内で残った唯一の城建築物だそうです。
公園の駐車場に停めさせてもらい(城の前が公園)散策です。かなり石垣が美しく 花が咲く時期に来たら良い写真が撮れそうですね🎵この時はまだ規模についてわかっていなかった僕ですが20分後に歴史資料館に行って昔の亀山城を見てあまりの規模に驚愕しました(笑)
多聞櫓がシンボル2023年11月下旬、亀山宿探訪の際に行きました。明治の廃城令で建造物は殆ど取り壊され、お堀は埋め立てられ、江戸時代の面影は比較的少ない印象でした。そんな中でも多聞櫓は原位置のまま残る中核的城郭建築として三重県下では唯一の建造物であり、高石垣にそびえる多聞櫓は見応えあります。この日は隣接する亀山宿や亀山市歴史博物館を巡り、ランチには亀山名物「味噌焼きうどん」を頂くことで1日楽しむことができました。
週末は多聞櫓の中にも入れるようなのですが、平日に行ったため閉まっていました。多聞櫓の隣には亀山神社、亀山演武場、明治天皇行在所など歴史的な施設があり、ここを訪れるだけで亀山の歴史に触れることができます。地元の中学校に通っていて、この多聞櫓も見慣れてはいたのですが、隣に演武場があるということすら全然知りませんでした(忘れてただけかもしれませんが)。地元でありながら亀山というと「寂れた城下町」というイメージがあったのですが、意外と歴史のある町なんだなと実感しました。
多門櫓と石垣が残っていますがあっという間に見どころ終了です。隣りに亀山神社、亀山公園や菖蒲園があるので一緒にまわればいい散歩コースになりますよ^ ^
もともとは国人の関氏が亀山城を築きましたが、江戸時代には伊勢亀山藩の藩庁が置かれていました。江戸時代には藩主が頻繁に交代しましたが、最終的には石川氏(6万石)が11代続き廃藩置県を迎えました。廃城令でほとんどの建物が壊されましたが、多聞櫓及び天守台の石垣が現在まで残されています。現存する多聞櫓は数少ないそうです。土日には内部を見学することができます。亀山城は現存部分が少なく、城らしさを感じる場所も少ないですが、現存遺構の多聞櫓と天守台石垣及びその周辺の範囲は江戸の雰囲気を残しています。
真田戦記伊勢・亀山城前回は雨の日の夜襲でしたので日中に行きなおしました。伊勢亀山城は、1265年に伊勢平氏の流れをくむ関実忠によって伊勢国鈴鹿郡若山に築城されました。1567年の織田信長の伊勢進攻以降は、たびたび戦場となりました。1583年には蒲生氏郷が城主となってます。1590年に天守、本丸、二の丸、三の丸などのその後の亀山城の母体となる城が形成されました。江戸期においては、亀山城は伊勢亀山藩の藩主の居城となりまた。明治以降は廃城令によって、ほとんどの構造物が取り壊されました。このため現在は天守台・多聞櫓・石垣・堀・土塁など一部が残るのみです。
| 名前 |
亀山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://kameyama-kanko.com/area/kameyama/%E4%BA%80%E5%B1%B1%E5%9F%8E%E8%B7%A1/ |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
鈴鹿市にある神戸城跡は、戦国時代に神戸氏によって築かれた城の遺構で、現在は本丸跡の石垣や説明板が残る静かな史跡として訪れることができます。特に本丸北西部に残る大きな天守台の石垣は往時の迫力を感じさせ、戦国武将たちの息吹がまだ漂っているようです。戦国時代の遺構としての存在感を持ちながらも、観光地としての派手な施設はなく、歴史をじっくり味わいたい人にとっては落ち着いた散策スポットです。城跡周辺の自然や石垣越しの空を見上げると、古の戦場から一転して穏やかな空間が広がっているのが印象的でした。史跡の説明板で歴史背景も学べるので、城好きだけでなく初心者にもおすすめです。