戦国武将吉弘統幸のお墓で清らかなひと時。
吉弘神社の特徴
桜が舞い散る神社で、歴史を感じる場所です。
吉弘統幸公の墓がある神社で、戦国の名残を探れます。
隠れた名所の豊玉大明神が祀られ、珍しい境内です。
住宅街の中にある神社です。綺麗にされていて静かで落ち着く雰囲気でした。
2025年8月15日に訪れました。吉弘統幸公については既に他の方が素晴らしいご説明をされているので割愛します。(ぜひ他の方の口コミもご覧ください。)神社に行くには隣の公園と神社の間の道を行けば駐車場の入口に行けます。社務所も閉まっていたため、授与品などは買えませんでしたが、境内はキレイにされていてとても良い場所でした。
社務所はありましたが宮司さんはいませんでした。御朱印はありませんでした。
桜が舞い散る中、参拝させて頂きました。綺麗で幻想的な光景にただただ感動!駐車場が少し分かりづらかったですが、入ってみると割と広々としていました。
毎年御参りさせて頂いてます!混雑もありませんでした。
戦国大名の立花宗茂の従兄弟で、その立花宗茂の実父で岩屋城主の高橋紹運の甥にあたる方です💡戦国末期、衰退して行く大友家を支えた一人です。大友家が無くなった後も、大友家再興を目指して尽力されたようです。関ヶ原の騒乱の際に大友家再興の兆しがあり、挙兵した大友義統の元へ馳せ参じました。その際には、東軍へ味方する様に進言するも、石田三成より支援してもらった大友家は、統幸の話を聞く事なく西軍に付きます。吉弘統幸は、黒田家に仕えた事もあり、石垣原に攻めて来る黒田家の強さを知った上での進言だったのかも知れません。また、黒田家の家臣団の中には、統幸の事を知っている者もいたかも知れません。その中での石垣原の戦いの事を思うと心が痛くなります。歴史を知った上で是非この社に訪れていただき、手をあわせてもらいたいです。
初訪問しました。吉弘統幸サマのお墓に手を合わせることが出来ました。
#吉弘統幸#墓ここは1600年に行われた石垣原合戦で戦死した戦国武将で大友方に属していた武将の吉弘統幸の墓が神社の本殿の裏にあります。神社は閑静な住宅街の中にあります。境内はとても綺麗に整備されています。あまり敷地は大きくはありませんがとても地元の方達に大切にされている神社だと思います。ここの狛犬はとてもユニークで「阿」と「吽」共に狛犬が笑顔にしています。普通は威嚇するような厳つい顔をしていますが朗らかに笑っている狛犬です。とても珍しいと思います。本殿の横に「御神石」がありますが皆さん触っていかれます。なにかの御利益があると思います。
いつ参っても落ち着きがある。35年前から参っているけど新しく成ってからは歴史を感じさせて佇んでいる。
| 名前 |
吉弘神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0977-23-8297 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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R10を観光港付近で左折しJR線を渡り県道645を渡り進むと児童公園の次左側に神社は鎮座している。神社の由来等は石板に掲示してある。通りから一歩入り社号標、鳥居から石畳を進むと石灯籠、坐する狛犬(既製品の狛犬ではない)、鋼板葺き千鳥破風屋根の拝殿となる。拝殿の中には神紋が飾られている(吉広公の家紋だろう)。拝殿の左側の台輪鳥居から先を進むと吉広公のお墓が鎮座している(説明が掲示されている)。神社は御霊社のようだ。