難台山の険しい道を越えて。
難台山城跡の特徴
岩間駅からアクセス可能なハイキングコースです。
登城道には親切なロープが設置されています。
難台山の山頂から始まる険しい道を体感できます。
山頂より城址を抜け難台林道へ降りました。山頂直下には堀切がありますが、中腹の城址部は岩がゴロゴロした段郭状の平場くらいしかありません。土塁や空堀等の遺構はありませんが浪漫はある場所だと思います。
岩間駅から林道を登り、途中で城跡に至る道を登りました。人があまり入らない登山なので道が分かり難く、尾根へ出るまでの道もかなり急登で、注意して行ってください。中世の山城で、あまりはっきりしていません。
ハイキングのついでに行きました。難台山から下ってゆきましたが、道には倒木もあってかなり大変でした。戦国以前の城址はあまり行ったことがありません。遺構には大きな岩がいくつもあり、天然の石垣のようになっていたようにも見えます。ただ、長い年月を経て、崩れているのかと思います。案内看板も、ただ地面に置かれているだけで、大雨後の整備が大変なんだろうと思いました。体力と健脚が必要な山城です。トレッキングシューズ必携です。
岩間駅から歩いて登城しました。林道団子石線分岐のところを右手に曲がって、林道難台線の方を進みました。途中雨が降った後は滑りやすいところがありますので、注意が必要です。途中小田五郎追弔碑があります。城跡は、ほとんど削平されていません。南北朝時代の城だとこんなものなのかもしれません。山頂も城跡だと言われています。
看板と急坂のためにロープ張ってあり親切ですが、途中から不安になる道です。ロマンは、あります。
看板と急坂のためにロープ張ってあり親切ですが、途中から不安になる道です。ロマンは、あります。
難台山山頂から険しい道を下山して着きました。南北朝争乱における常総南北朝の決定的な壊滅をもたらした合戦故城との事で県指定の史跡になったみたいですね。
| 名前 |
難台山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
東麓の「駒場」から登りました。麓に車を停められるところは少なく、山頂まで登山を考えると数時間は置くことを考えると、ちゃんとした所に停めたいとすると滝入不動の駐車場を利用するのが妥当かと思います。「沢向きの滝」に向かう林道から登ります。「沢向きの滝」の手前で荒い道に分かれます。道路はかなり縦横に走ってますので、違う道を取らないように、GPSを駆使しながら進んでください。自分も何度か違うルートに入りかけました。小田五郎の碑を経て、更に上の林道に至ると、城跡入口の看板に出ます。ここからが大変です。本来はこの難台山は愛宕山まで車で登り、尾根道縦走などがメインのハイキングコースで整備されており、こちらの城跡コースは道こそあれ、かなり険阻な道となっております。同日館岸山からの連続登山もあってこの斜面はかなりキツかったです。斜面をはぁはぁ言いながら登ると、そのうち、下段の平場が見えて来ます。平場らしいのは、この下段の平場数段くらいで、メインと思われる上部はゴツゴツした岩場で遺構も乏しいです。その上段付近には地面に置かれた古い説明板がある辺りからになります。よくもこんなところで8ヶ月も籠城したな…という感想が全てです。遺構は山頂部にもありますので、ここから尾根まで同じような斜面を登ります。ロープが備え付けられてるレベルの斜面な上に、途中で木の下を腰を屈めて潜らなければならないところもあり、キツさが倍増します。難台山合戦の前に、小山若犬丸の父親の小山義政が一度籠っており、このときの築城とされています。「観音平」という地名から、ここに古くは山岳寺院があったものとされています。小山若犬丸・小田五郎藤綱がその後、難台山合戦で8ヶ月の籠城の末、小田藤綱は自刃、若犬丸は逃れました。南朝方の合戦として、特に戦前を中心に顕彰されていました。山頂を目指します。