滝廉太郎の名曲と歴史探訪。
瀧廉太郎記念館の特徴
歴史ある建物で滝廉太郎の少年時代が再現されています。
直筆の譜面や達筆の手紙を展示していて貴重です。
名曲荒城の月が生まれた竹田市の雰囲気を楽しめます。
今では古民家ですが、当時は立派な屋敷で、離れに瀧廉太郎さんが幼少時代に過ごした2階の部屋がみられます。その1階には彼の生涯を解説した15分程度のビデオが上映され、よく分かりました。離れなので見逃しがちですが、是非とも見て欲しいです。
滝廉太郎が竹田で過ごした期間はそれほど長くなかったようですが、ちょうど音楽に目覚めた時期でもあり、竹田との結びつきは生涯深いものがありました。ここは滝廉太郎一家の旧宅で、廉太郎の部屋も残されています。館内に飾られた滝の写真からは、誠実で実直そうな人柄が伝わってきます。わずか23歳の若さで夭折した滝廉太郎の生涯と、その作品を偲ぶことのできる場所です。
歴史文化館から、歩いて3分程です。途中瀧廉太郎トンネルをくぐるのですが、自動的に「荒城の月」「鳩ぽっぽ」等の曲が流れます。お父様の転勤で色々な所で暮らした様ですが、12歳~14歳の思春期に住んでいたこの場所は強く印象に残っている様で、岡城にも何度も行ったようです。和室の部屋を一回り(バイオリンもありました)裕福な家庭だった様で、音楽に関わるキッカケもあったようです。縁側に座り庭の景色を見るのもホッとしました。その後下駄を履き、庭の先の蔵(自身の像が置かれてます)に行き、廉太郎の生涯を纏めたビデオを見ました。蔵に行く途中には、石で作られた貯蔵庫(?)も見学。ビデオには、実の妹さんの話も出て、その話から…優しい歌ができるんだなと感じました。来れて良かったです。
城下町パスポートでお得にめぐる。自転車で訪問。瀧廉太郎が創作活動をした蔵の2階も見学できる。生い立ちの映像も鑑賞できる。
瀧廉太郎って竹田出身だと思い込んでいましたが生まれは違ったんだと知りました。趣のある場所でした。駐車場はここにはありません。要注意です。
奥でコーラスの練習をしてました。皆さんが集う場にもなってるんでしょうか…
保存状態が昔ながらの感じでなされており良し!廉太郎の音楽の才能が育まれた訳は竹田市にあり!
竹田市にきて真っ先に訪問。瀧廉太郎の生涯について学べました。係の方の説明に感謝します。
あの 不朽の名曲「荒城の月」「花」 「お正月」を 作曲された滝廉太郎さん··ご出生は、東京都の方ですが お父様の官庁勤めの関係で 大分の方に 転入されたようで 大分のお部屋は 豊後竹田駅から徒歩で10分ほどのお住まいで 直筆の譜面や 素晴らしい 達筆の手紙などを展示されており 23歳で夭逝された方ですのに10代の学生時代からの素晴らしい達筆には天才的な素質が伺えられました。素朴なきちんとした佇まいですが···綺麗に掃除をされていました。 再構築された旧宅のようです。
| 名前 |
瀧廉太郎記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0974-63-0559 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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東京で生まれた滝廉太郎が親の転勤により、幼少期を過ごした建物です。