江戸から続く堀川の歴史。
堀川運河の特徴
江戸時代初期から続く堀川工事は、貴重な昭和遺産です。
川沿いに広がる飲み屋街は、リラックスできる雰囲気が漂います。
散歩の途中に立ち寄れる、歴史を感じる特別なスポットです。
これぞ昭和遺産ですね👌駅前がものすごい勢いで再開発してるけど…ここにも再開発の波がやって来るのも時間の問題やろなー😞
江戸時代初期から、足掛け180年以上かかった堀川工事。栗山大膳が始めた工事は、わずか2年で中止となり、約130年放置された状態になった。その後、櫛橋又ノ進が責任者となり、多くの人々を動員した。吉田の車返しなどの難工事を乗り越え、暴れ川遠賀川の水を洞海湾に流す治水計画は、現実となった。そして、一田久作が、中間唐戸と寿命唐戸という2つの水門を造った。その結果、1804年宝川と呼ばれた堀川は工事は終了した。それにより、地域の村の米の取れ高は増え、洪水の数は減った。運河として、かわひらたという船に年貢米、明治時代からは石炭を運ぶ役割を果たした。しかし、次第に鉄道運搬に取り変わり、運河としての役割を終えた史跡。
JR折尾駅そばを流れる堀川に、約220枚の黄色いタオルがはためいている。2014年に83歳で亡くなった福岡県中間市出身の俳優高倉健さんの命日(11月10日)を前に、今年も地元の市民団体「堀川再生の会・五平太」が、タオルを縫い付けたロープを川面に渡した。高倉さんの映画「幸福の黄色いハンカチ」の名シーンにちなんだ。
正式名称は「新々堀川」。地元の人は単に「堀川」と呼ぶ。その昔は、石炭運搬のご平太舟(ごへいたぶね・かわひらたとも呼ばれる)が往来したと言う。40年くらい前までは、折尾駅周辺は、この堀川が度々氾濫し、近隣は常に水浸しで悪臭がしていたのだとか(地元のお好み焼き屋さんの話)。現在では、治水工事もされ、氾濫することはなくなった。堀川地区の飲食店は軒並み立ち退きとなり、来年の2023年には完全立ち退きの予定となっている。かつての隆盛を知る者としてはさみしい限りだ。今回、黄色いハンカチがあり、何かイベントでもあったのだろうか。今年は「オリオンピック」と言うカヌーの大会も復活し、市民の底力を知ることになった。是非行政にお願いしたい。堀川を残して欲しい。お願いします。折尾の町には、堀川は欠かせない。
折尾駅周辺の区画整理で河沿いの飲食店が失くなってしまいました。2017年に撮っていた写真。今は懐かしい思いでです。
川沿いに良い感じの飲み屋街があります。
男はつらいよ 渥美清さん(車寅次郎)台詞で静かな町だね 埋立ての危機を寅さんが救ってくれたんだ ありがとう。
堀川沿いの見事な飲み屋街が駅から見えたので、ついカッとなって訪問した。バラック建築が織りなす極上の昭和ノスタルジー。聞けばこの辺りは再開発のために一変するとか。せっかく観光客を呼べるレベルまで熟成したのに勿体無いなぁ。
ローカルなお店が運側沿いに続く。すこし人気が無く寂れた雰囲気がある。どこのお店も優しく迎えてくれる。
| 名前 |
堀川運河 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
092-651-1111 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/somu/graph-f/2014spring/walk/index.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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