江戸から東京へ、佐藤信淵の知恵。
佐藤信淵先生実学大成之地の特徴
江戸を東京と改称する構想が生まれた地です。
佐藤信淵が著した『混同秘策』の舞台です。
江戸時代の経世家、佐藤信淵の生誕の地です。
江戸を東京と改称する構想は、江戸時代後期の経世家である佐藤信淵が文政6年(1823年)に著した『混同秘策』にすでに現れていた。大久保利通が「東京」と改称することを提案。大久保利通が佐藤の書に影響を受けて江戸を東京と改称することを建言したという。
| 名前 |
佐藤信淵先生実学大成之地 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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医者・経済学者・農政学者である佐藤信淵(1769~1850年)は、江戸時代の明和6(1769)年に出羽国雄勝郡西馬音内前郷村(現・秋田県雄勝郡羽後町)の地で生誕したとされ、天明4(1784)年の16歳で江戸に出て宇田川玄随(1756~1798年)に蘭学・本草学を学び、天文・地理・国学・神道などを修めたとされます。寛政9(1797)年には上総国長柄郡一宮藩の藩政改革に助力したことで、ここ大豆谷村に10年間滞在、その後、阿波藩や江戸で活躍する合間にもこの地に2度ほど戻り、約80年の生涯のうち計23年間をこの地で過ごしたとされます。厳島神社とセットでお参りしました。