交進小学校近くの歴史ある野馬土手。
柳沢牧野馬土手(交進小学校脇)の特徴
江戸時代の歴史が感じられる、柳沢牧の重要な史跡です。
交進小学校のすぐ西側に位置し、アクセスが便利です。
大きな土手が広がり、地域の歴史を体感できるスポットです。
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名前 |
柳沢牧野馬土手(交進小学校脇) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
5.0 |
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交進小学校の西側にある大きな土手は、江戸時代にあった下総佐倉牧のひとつ柳沢牧の野馬土手です。小学校と通学路の境にあり現在は小学校の塀の役目をしています。徳川幕府は軍用馬の養育を主な目的として、広大な下総台地の東に佐倉牧、西に小金牧を持っていました。佐倉牧はさらに油田牧、矢作牧、取香牧、高野牧、内野牧、柳沢牧、小間子牧の7牧に分かれていました。牧では野馬という半野生馬の放牧が行われていて、野馬が村や畑に入り込まぬように築かれた土手を野馬(除)土手と呼びます。明治になると各地の下総牧も廃止され、新田開発のため初富から始まる13の村に生まれ変わります。八街という地名は8番目の開墾村だったことに由来しています。こちらの野馬土手は、長さ200m超、高さは3mもありそうな箇所もあるかなり立派な美しい土手で、下総牧の貴重な遺構のひとつです。