松尾芭蕉ゆかりの夏草碑。
芭蕉句碑の特徴
義経と同じ場所にあり、歴史を感じるスポットです。
松尾芭蕉が訪れた場所で有名な俳句の碑があります。
歴史を学びながら訪れることができる場所です。
義経堂から東を望むと、北上川の向こうに秀峯・束稲山が見えます。この山は、かって安倍頼時の時代に、桜の木を10000本植えたといわれる桜の名所でした。黄金文化華やかし藤原三代のころには、さぞや見事な花が山々や川面を彩ったことでしょう。俳聖・松尾芭蕉が門人・曽良を伴い、平泉を訪れたのは元禄二年(1689)旧暦5月13日(6月29日)のこと。高館に立ち、眼下に広がる夏草が風に揺れ光る様を眺めた芭蕉は、100年にわたり平泉文化を築き上げた奥州藤原氏の栄華や、この地に散った義経公を思い、かの名句を詠みました。
拝観料は高校生以上の大人300円、中学生小学生100円。晴れた日がオススメ。ただの大きな句碑です。
柳之御所遺跡から徒歩で高館義経堂の拝観券売り場へ。300円支払い高館義経堂(および付属資料室)、芭蕉句碑を見学。付属資料室で源義経公について学んだあと義経堂をお参りしました。江戸時代に建てられた建物ですがそれ以上の歴史を感じました。山上から見下ろす北上川の景色も雄大でした。
私のペンネームの由来となった地です。義経が自刃したと伝えられている義経堂の向かえになります。
高館義経堂の敷地内にあります。駐車場は無料ですが、入場料は必要です。有名な一句の歌碑です。
施設や駐車場は大したことないですが、北上川の景色は歴史好きにはたまらないものがあります。御朱印は書き置きでした。
一言、来て良かったぁ!
「義経」と同じ場所にあります。私はこちらが主でした。
松尾芭蕉が奥の細道で訪れた場所です。教科書にも載る有名な句【夏草や 兵どもが 夢の跡】はこの地で詠まれました。芭蕉は高台から古戦場を見下ろし、義経の悲劇や奥州藤原氏の終焉を思い浮かべ、涙を流したとされています。僕は涙こそ流さなかったものの、歴代の奥州藤原氏が守ろうとした地が、平和な街として残り続けていることに感慨深い気持ちになりました。駐車場は無料でしたが、ここまで登るのは有料です。また句碑までの道は坂道や階段があるので若干大変でした。
| 名前 |
芭蕉句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 8:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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芭蕉句碑に刻まれた「夏草や 兵共が 夢の跡」は、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の途中で詠んだ有名な俳句です。この句は、平泉の地を訪れた際に、かつての栄華を誇った藤原氏の栄光とその後の無常を感じ取った芭蕉の心情を表しています。「夏草」は、かつての戦場や栄華の跡地に生い茂る草を指し、「兵共が夢の跡」は、戦士たちの夢や栄光が過去のものとなり、今はただ草が茂るだけの場所になってしまったことを示唆しています。この句は、無常観や歴史の移ろいを深く感じさせ、多くの人々に感慨を与え続けています。芭蕉の俳句は、自然と人間の営みを巧みに結びつけ、時代を超えて共感を呼ぶ力を持っています。