歴史と開運の王子神社。
王子神社の特徴
理美容関係者に人気の毛塚がお参りできる神社です。
芝居や相撲の床山さんが信仰する特別な場所です。
髪の悩みを解消するための祈願ができる神社です。
紫陽花を見るために王子で下車。人の流れに流されて歩いていたら、音無親水公園という人工の小川がある公園の脇に王子神社が。駅のアナウンスが聞こえるほどの距離にこんなしっかりした神社があるとは。ベンチがいくつかあり、皆さん神社の空気を満喫している模様。右裏手の大銀杏が立派でとても良かった!樹齢600年ほど?蚊に狙われたので逃げてきたができることならしばらく座って眺めていたかった。
王子神社は、東京の「王子」という地名の由来になった歴史ある古社です。「東京十社」の一つに数えられており、「開運除災」や「子育大願」の神様として親しまれています。御祭神は、伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大御神、速玉之男命、事解之男命源義家が奥州征伐(前九年の役)の際に戦勝祈願を行い、凱旋時に甲冑を奉納したと伝えられるほど古い歴史を持ちます。元亨2年(1322年)、この地を治めていた領主・豊島景村が紀州の「熊野三社」から王子大神を勧請し、改めて「若一王子宮(にゃくいちおうじぐう)」として祀ったことが本格的な始まりです。この神社が祀られたことから周辺が「王子」と呼ばれるようになり、神社の下を流れる石神井川も、熊野の音無川にちなんで「音無川」と呼ばれるようになりました。江戸時代には徳川家康から朱印地200石を寄進され、将軍家の祈願所となりました。特に紀州徳川家出身の8代将軍・徳川吉宗は、故郷ゆかりの熊野信仰の拠点として当社を篤く庇護し、隣接する飛鳥山を寄進して桜を植え、庶民の行楽地(現在の飛鳥山公園)として整備したことでも知られています。境内の大イチョウ(東京都指定天然記念物)は樹齢600年ともいわれ、当社の創建当時からあると推定されています。第二次世界大戦の空襲で社殿が全焼する中、唯一生き残った貴重な神木です。末社の関神社は、全国でも非常に珍しい「髪の祖神(神様)」として、百人一首でも有名な「蝉丸公(せみまるこう)」を祀っています。髪の毛の悩みを抱える方や、理美容・床山・ウィッグ業界、さらには芸能関係者(音曲諸芸道の祖神でもあるため)から篤い信仰を集めており、境内には「毛塚」も建立されています。拝殿前の一対の狛犬は、右側が父親(手鞠をあやす)、左側が母親(子どもを守る)という姿をしており、夫婦揃って子どもの成長や安産を守護するシンボルとなっています。王子田楽(北区指定無形民俗文化財)毎年8月の例大祭で奉納される伝統芸能「王子田楽舞」は、魔除けや五穀豊穣を願うもので、花笠を被った踊り手が笛や太鼓に合わせて舞う、全国的にも希少な中世の田楽の姿を今に伝えています。
A magnificent spiritual sanctuary guarding the northern gateway of Tokyo, home to an ancient giant Ginkgo tree.Located in the Kita district, this historic landmark is one of the "Ten Shrines of Tokyo" and has been revered for centuries, especially by the Tokugawa shoguns. It provides a safe and majestic environment for international visitors to experience a "Golden Autumn Escape," featuring a massive, 600-year-old sacred Ginkgo tree that is designated as a Natural Monument. This peaceful sanctuary offers a profound sense of immersion into Tokyo's deep history, where the spiritual atmosphere of the shrine blends perfectly with the natural beauty of the nearby Otonashi Shinsui Park.徳川将軍家も崇敬した「東京十社」の一つ。巨大な銀杏が歴史を見守る壮大な聖域。東京都北区王子に位置し、開運除災や子育大願の神様として古くから信仰を集める歴史的なランドマーク。一歩足を踏み入れれば、そこには樹齢600年を超え、国の天然記念物にも指定されている大銀杏がそびえ立ち、訪れる者を圧倒的な生命力で包み込む「黄金のオアシス」です。隣接する音無親水公園のせせらぎと共に、都会の中にありながら深い森のような静寂に浸れる没入感があります。多言語での案内も配慮されており、誰もが安心して、江戸時代から続く由緒ある神域の空気と、季節ごとに表情を変える豊かな自然を肌で感じることができる特別な場所です。Detailed guide in 18 languages on YouTube: Marksman Journey
One of Tokyo’s Ten Shrines. Easy access from the station and a solemn, dignified atmosphere.東京十社のひとつ。駅からのアクセスが良く、境内に入った瞬間、ピリッとした権威ある空気に包まれる。王子を訪れたら、ぜひ一度は立ち寄りたいスポット。平日の午後3時に参拝。【境内】敷地自体は広くないが、本殿や鳥居は大きく、威厳を感じさせる佇まい。また、天然記念物に指定されている大きなイチョウの木は印象的。【アクセス】王子駅から徒歩約5分。駐車場もあり。【注意点】・駅を出てすぐ階段で向かうルートが最短だか、入口に特に案内表示がなく分かりづらい。入口の画像を添付しているのでご参照ください。・イチョウの木は本殿向かって右の建物の裏側にある。鳥居から入る方は見逃しやすいのでご注意。Be local. Unlock your exploration.
【2025.02参拝】初めて参拝させていただきました。賑わいのある王子駅から少し歩いただけで、こんなにも落ち着いた心穏やかになる場所があるとは思いもよりませんでした。たまたまの通りすがりでしたので、縁起などよくわかっておりませんでしたが、他の方のレビューを拝見すると、大変由緒あるこの地域を古くから守ってこられたお社なのですね。参拝できてよかったです。8:00前の境内はとても静かで厳かな雰囲気でした。木々のせせらぎが気持ちよく、心洗われるようでした。家族で参拝させていただき、とても良い経験ができました。ありがとうございました。
王子神社は、境内に入った瞬間にふっと肩の力が抜けるような、気持ちの良い空気が流れる神社でした。特に印象的だったのは、境内にそびえる大きな木々。都会の中とは思えないほど生命力に満ちていて、木陰に立つだけで心がスッと整うような感覚があります。風が通り抜ける音も心地よく、ゆっくり深呼吸したくなる場所でした。御祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命を中心とした日本神話の神々です。王子神社には「関神社」という摂社があり、全国でも数少ない「髪の祖神」が祀られている神社です。理容・美容の仕事をする人や、髪に関する願い事を持つ人から特に信仰されているそうで、実際に訪れてみると小さな社ながら温かい雰囲気がありました。自然の力と歴史ある信仰が静かに寄り添う、とても心地よい神社でした。またゆっくり訪れたくなる場所です。
令和7年12月21日 天赦日 一粒万倍日 甲子の日初参拝です🙏✨帰る途中に立ち寄った神社です😊✨木々に囲まれていて、立派な拝殿です🙏✨暗くなってきたので、また、明るい時間帯にゆっくり参拝したいです✨天赦日 一粒万倍日の限定のご朱印と通常ご朱印を拝受しました😊✨ちりめんの干支お守りが可愛いです✨神社前の有料駐車場🅿️に停めましたが、参拝者用の無料駐車場🅿️がありました👀💧
雑多な王子駅前から親水公園を通って階段を上ったところの由緒ある神社です。七五三の時期に伺ったので、着物を着た子供達の様子がほほえましかった。石神井川はかつてここから南に進路を変えていたはずですが今は隅田川の方に流れていて、その時期は定かではないようです。また今は治水のために親水公園とは別に、飛鳥山をくぐる形で分水路があるようですね。人々の暮らしに直結する治水の歴史は興味深い。
昔ながらのこの辺りに多い公園のような雰囲気の神社です。いわゆる砂利が遊歩道から駐車場、広場にあり乾燥した寒い時期は砂塵に紛れています。全体的に全てが大きい。社殿もイチョウも、神輿もである。とてもご愛顧を受けたところなのが分かります。東京10社の1つでもある。戦火を逃れたイチョウは圧巻。近くには飛鳥山公園や石神井川があり北の優麗なるエリアの玄関口なのでしょう。
| 名前 |
王子神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3907-7808 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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王子駅からすぐのところにある地域の中核神社です。【王子神社公式HPより由緒】御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」とお呼び申し上げます。紀州(和歌山県)熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の御子神さまの呼称で、世界遺産にも登録された熊野古道には多くの王子神が祀られていたといわれます。創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、当社の社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。その後、元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれます。それよりこの地は王子という地名となり、神社下を流れる石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれています。戦国時代、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、朱印状を寄せて社領を安堵しております。徳川時代に入ると初代家康公は天正19年(1591年)、朱印地二百石を寄進し、将軍家祈願所と定めました。二百石は当時としては広大な社領で、それより代々将軍の崇敬篤く、「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなります。三代家光公は寛永11年(1634年)、新たに社殿を造営、林羅山に命じて縁起絵巻「若一王子縁起」三巻を作らせて当社に寄進しました。その後も五代綱吉公が元禄16年(1703年)、十代家治公が天明2年(1782年)、十一代家斉公が文政3年(1820年)と造営修繕された社殿は秀麗な権現造りで、境内には神門、舞殿などをそなえ、摂末社も17社を数えていました。特に八代吉宗公は紀州徳川家の出自で、この地に紀州ゆかりの当社があることを大いに喜び、元文2年(1737年)に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて江戸庶民遊楽の地としました。これが今に残る花の飛鳥山(現 飛鳥山公園)の基となったもので、現在も桜の季節には多くの花見客で賑わっています。明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と伝えられる巨木を始め、多くの樹木が茂り、勝海舟の修行話も伝えられております。戦災でほとんどを焼失致しましたが、1本だけ奇跡的にイチョウの木が生き残りました。樹齢600年とも伝えられるこの大イチョウは、東京都の天然記念物にも指定されております。戦後は氏子一同、復興に努め、昭和39年の第一期、昭和57年の第二期造営を経て、黒塗りと金箔をほどこした壮大な権現造りとして社殿を再建、境内を整えて現在の景観となっております。