幕末の歴史感じる大黒山。
大黒山 経王寺の特徴
江戸時代に建立された大黒山経王寺は歴史の深い寺院です。
山門には上野戦争の時の銃弾痕が今も残っています。
秋には美しい紅葉とススキが迎えてくれる堂々たる景観です。
谷中にある1655年建立の歴史ある寺院「大黒山経王寺」重厚な山門をくぐると、落ち着いた境内と手入れされた植栽が広がり、静かな時間が流れる。訪問した4月はツツジが見頃で、本堂の屋根と花のコントラストがとても美しい。門越しに見る境内の景色も印象的で、写真スポットとしても魅力がある。谷中らしい穏やかな空気を感じられる場所で、散策途中に立ち寄るのにちょうど良い。喧騒から少し離れて、静かに過ごしたいときにおすすめの寺院。2026.4撮影📸
色々なお店のある賑やか御殿坂に面した側にある立派な山門が特徴的なお寺です。経王寺では、上野戦争で敗れて逃げてきた彰義隊士を匿ったという歴史があり、その山門には官軍が発泡した銃弾の跡が残っていると伝わっており見に行ってきました。実際の山門を見てみると、本当に穴が空いていました。今は観光地で賑わう通りですが、かなりの数の弾痕が山門には残っていて、当時の戦争の苛烈を今も伝えています。
りっぱな山門です緑もいっぱいの境内です大黒天さんもいらっしゃいます。
⭐️訪問日:2025年11月23日(日)16:00西日暮里にあり、散策の途中で立ち寄りました。入り口から続く長い一本道がとても印象的で、歩いていくにつれて少しずつ境内の雰囲気が深まっていく感じが素敵でした。都会の中にありながら静かで落ち着いた空気が流れており、ふと気持ちを整えたい時に訪れるのにぴったりの場所だと思います✨境内も綺麗に整えられていて、丁寧に手入れされている印象を受けました。周囲の喧騒とは違い、ゆっくりと時間が流れるような空気感が心地よかったです。観光地として大きく取り上げられる場所ではありませんが、その分人も少なめで、静かに過ごせる点が魅力だと感じました。長い参道を戻る時も、来た時とはまた違った景色に見え、散歩の締めくくりとしても良い場所でした。近くに来た際にはまた立ち寄りたいと思います🙂↕️
1655年創建の日蓮宗の寺院で、旧谷中七福神のひとつになります。幕末1868年の上野戦争に敗れた彰義隊士がここへ隠れたため、新政府の攻撃を受けました。1836年建立の山門には銃撃を受けた弾痕が今も残っていて、当時の戦争の様子を垣間見ることができる場所です。5時過ぎに訪問したら山門は閉ざされていましたが、それがかえって弾痕を目立たせていたように思いました。日暮里駅から近く、谷中銀座に向かう道路沿いにあります。
東京都荒川区西日暮里にある日蓮宗の寺院で、山号は大黒山と称します。1655年に創建され、旧谷中七福神のひとつとして知られています。境内には日蓮上人作と伝えられる大黒天が祀られ、地域の人々に親しまれています。口コミでは、「静かで落ち着いた雰囲気があり、歴史を感じられる」「境内が整備されていて、散策に適している」といった評価が見られます。また、戊辰戦争の際に彰義隊士をかくまった歴史があり、山門には今も銃弾の跡が残っていることが特徴的です。谷中の歴史を感じながら、静かに過ごせる場所ですね。訪れた際には、大黒堂の大黒天もぜひ見てみてください。
去年どなたか亡くなったのか、一般家庭での忌中札にあたる「山門不幸」 の札が掲げられていた。境内にはツツジや藤の花が咲き乱れ、趣がある。法事の用でこられてる人もいるので、静かに楽しみたい。
日暮里駅からすぐのお寺で、谷中銀座の通りの延長にあるので人通りがけっこうありました幕末の銃弾の跡が残っており、歴史を感じます山門を入ると檀家さんのお墓が並んでいますので、騒いだりしないようにしましょうちょうど藤の花が見頃で、他にも色とりどりの花が咲いておりました。
谷中銀座を歩いているときに、通りがかりで入ってみました。なかなか趣のある寺院でした。
| 名前 |
大黒山 経王寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3821-5241 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 8:00~16:30 |
| HP |
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a022/shisetsuannai/jinja/nippori003.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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「経王寺(きょうおうじ)」は、東京都荒川区西日暮里3丁目2番6号に所在する、日蓮宗の寺院です。山号は大黒山。明暦元年(1655年)創建の寺で、境内の大黒堂には日蓮上人作という大黒天が祀られ、かつては谷中七福神に数えられていた古刹であり、特に戊辰戦争・上野戦争の弾痕が残る山門で知られている。経王寺の創建には、地元の有力者・冠(かんむり)一族が深く関わっている。経王寺は日蓮宗の寺院で山号を大黒山と称す。明暦元年(1655)、当地の豪農冠勝平(新堀村の名主冠権四郎家の祖)が要詮院日慶のために寺地を寄進し、堂宇を建立したことに始まるというと伝えられている。1655年(明暦元年)、当地の豪農だった冠勝平の開基である。当寺は冠一族の菩提寺でした。『新編武蔵風土記稿』には、”経王寺法華宗、身延久遠寺末、大黒山と号す、開山日慶、明暦四年二月二十三日寂す、開基は名主権四郎が先祖、冠権四郎と云者の由、寛文九年正月二十七日死す、本尊三宝を安ず、大黒堂、日蓮作の像を安置し、三十番神を相殿とす、稲荷社”と記され、開山・開基の没年や境内の構成が伝えられています。なお、谷中エリアの寺院群の多くは明暦の大火で新しくできた寺々が多いとされ、経王寺もその一翼を担う、明暦期の寺町形成を象徴する寺院の一つ。