厳島神社すぐそばの大願寺。
大願寺の特徴
厳島神社の出口すぐの小ぢんまりとした大願寺です。
平安時代に開かれたとされる神秘的な歴史があります。
総本山は和歌山高野山金剛峯寺に位置する真言宗の寺院です。
亀居山 放光院 大願寺(だいがんじ)は、南西1.1kmほどの広島県廿日市市宮島町に伽藍を構える高野山真言宗の寺院です。創建年代は不詳ですが、建仁年間(1201〜1203年)僧の了海(りょうかい)によって再興されました。了海は諸国を巡礼したのち宮島に定住し、荒廃していた寺を再興して信仰の拠点としたと伝えられています。これ以降、大願寺は真言宗の修行道場として、また宮島における仏教信仰の中心として発展していきました。中世から近世にかけての大願寺は、単なる一つの寺院にとどまらない強大な権限を持っていました。当時は「神仏習合」の時代であり、厳島神社と仏教寺院は一体のものとして存在していました。その中で大願寺は、厳島神社の「普請奉行(ふしんぶぎょう)」という極めて重要な役職を任されるようになります。これは、厳島神社の社殿や大鳥居、さらには周辺の寺院(現在の千畳閣・豊国神社など)の造営や修理、メンテナンスを総括する責任者の立場です。大願寺はこれらの大規模な建築・修繕を行うため、瀬戸内海周辺や広島城下、尾道など広範囲から資金を集める「勧進(かんじん)」活動を主導しました。このことからも、当時の大願寺が宮島全体の財政や建築、さらには地域経済にまで強い影響力を持つ大寺院であったことが伺えます。明治時代初期の神仏分離令(廃仏毀釈)で、新政府の方針により、それまで一体だった神道と仏教が強制的に切り離されることになりました。これにより、厳島神社の境内や宮島内にあった多くの仏堂・仏像が破壊されるか、撤去を迫られる事態に陥ります。この危機に際し、大願寺は厳島神社の守護寺としての役割を失いましたが、宮島一円の仏像や貴重な文化財を保護する受け皿となりました。厳島神社の本殿に祀られていた「弁財天像」をはじめ、多くの仏像が大願寺へと遷され、今日まで守り伝えられることとなったのです。厳島神社から遷された本尊の「厳島弁財天」は、江の島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天の一つです。毎年6月17日の「弘法大師祭」の日にのみ御開帳される秘仏となっています。本堂には、重要文化財である平安時代の「薬師如来坐像」や「釈迦如来坐像」などが安置されており、神仏分離の歴史を今に伝える貴重な空間です。書院は、慶応2年(1866年)の第二次長州征伐の際、幕府側の勝海舟と長州藩の広沢真臣らが和平交渉(宮島談判)を行った場所としても知られています。高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)は、平安時代の弘仁7年(816年)弘法大師(空海)が嵯峨天皇から高野山を下賜され、真言密教の根本道場として開創したのが始まりです。高野山は「一山境内」とされ、山全体がひとつの寺院とみなされています。皇族や貴族、さらには鎌倉幕府などの権力者から庶民に至るまで幅広い階層の信仰と庇護を受け、復興・発展を遂げました。今日では総本山・金剛峯寺を中心に、全国に約4,000カ寺の末寺を持つ真言宗の代表的な宗派として、1200年以上にわたる法灯を現代に伝えています。平成16年(2004年)には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されました。
厳島神社のすぐ近くにあるお寺です。800年以上の歴史を持ち、かつては厳島全体の寺社の修理や造営を担っていた由緒あるお寺です。また、日本三大弁財天の一つとされる嚴島弁財天が奉安されており、歴史と信仰の深さを感じることができます。
明治期まで厳島神社の修理や造営を司ってきた古刹。厳島神社から遷された厳島弁財天は秘仏とのこと。厳島神社を拝観した出口すぐの場所にあり、立ち寄りやすい立地です。厳島神社の賑わいとは対照的に、こちらは落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした時間が流れています。ほっと一息つける、静かな魅力のあるお寺です。
厳島神社に隣接しています。日本三弁財天の一つ、厳島弁財天が祀られています。ご本尊は秘仏のため拝観できませんでした。護摩堂には丈六の不動明王坐像がいらっしゃいました。
「大願寺(だいがんじ)」は、厳島神社のすぐ出口にある真言宗の古刹です。御本尊は、弁財天で、江の島・竹生島と並ぶ日本三大弁財天の一つです。ご利益は、金運、商売繁盛、技芸上達、勝負運などとされています。それから、明治時代の神仏分離令により、厳島神社から移された多くの貴重な仏像(重要文化財など)がここに安置されています。また、幕末の第二次長州征伐時に、勝海舟が長州藩の代表と休戦交渉を行ったのがこの大願寺の書院でした。
大願寺は、宮島にあるお寺で、すぐ近くにある厳島神社と深い関わりを持ってきました。神社のように見える島ですが、昔は神と仏を分けずに一緒に信仰する考え方があり、この寺は神社を支える役割も担っていました。本尊は弁財天という女神で、音楽や芸事、お金の巡りを守る神様として信仰されています。海に囲まれた島にあることから、水と関係の深い弁財天がまつられているのが特徴です。商売繁盛や芸能の上達を願う人がお参りに訪れます。歴史は古く、平安時代にはすでに存在していたと伝えられています。特に平清盛の信仰が厚く、厳島神社とともに大切にされました。そのため、宮島の信仰や歴史を語るうえで欠かせない寺のひとつです。境内は神社のにぎわいとは少し違い、落ち着いた雰囲気があります。宮島を訪れた際は、海に浮かぶ神社だけでなく、この寺にも立ち寄ると、島の信仰の成り立ちがより深く理解できます。
厳島神社の出口を出るとすぐに山門があり、境内の境界がよく分からない小ぢんまりとした大願寺があります。厳島神社観光のついでに少し立ち寄ってみるのも良いかと思います。この寺の創建年代は不詳とされていますが、寺伝によれば平安時代初期に空海によって開かれたとも伝えられ、一説によれば鎌倉時代初期に了海によって開かれたとも伝えられています。本堂には明治時代に開催されたパリ万国博覧会に出展された錦帯橋の模型が架けられています。境内の九本松は、初代内閣総理大臣の伊藤博文が手植したと言われています。護摩堂には、尊不動明王半迦座像が祀られていて、高さは約4mあり、総白壇の不動明王像としては日本最大とのことです。この不動明王像は撮影禁止になっているので、実物は一見の価値があると思います。
2016/12/05来訪。正式な呼び名は、亀居山放光院大願寺。開基は不明ですが、建仁年間(1201年~1203年)の僧了海が再興したと伝えられる真言宗の古刹です。明治の神仏分離令までは嚴島神社の普請奉行として寺院の修理・造営を一手に担い、千畳閣、五重塔、多宝塔などから形成される厳島伽藍の中心をなしていました。廿日市市観光公式サイトより。
宮島にある弁天さま。日本三大弁天のひとつだそうです。御朱印もいただけます。境内にある不動明王は白檀製でかなり大きく迫力があります。場所柄、いつもたくさんの人が行き来している賑やかなエリアです。お手洗いもあり助かります。
| 名前 |
大願寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0829-40-2070 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 8:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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不動明王像の迫力が凄かったですが、撮影禁止でした。境内には日本三大弁財天の一つ厳島弁財天が祀られています。