旧小笠原家書院で歴史探訪。
伊豆木城跡の特徴
曲輪や堀切、帯曲輪が楽しめる貴重な歴史的遺構です。
旧小笠原家書院、小笠原資料館が見学できる文化的なスポットです。
標高564mからの景観は歴史と自然を同時に堪能できます。
曲輪、堀切、帯曲輪?案内はありません。
標高564m、比高約62m今回は、旧小笠原家書院、小笠原資料館を見学した。「山城に登る」と言ったらオッチャン登城口まで案内してくれた。立入禁止の立て札のまえで、ここからねー♪って...(^o^;)クモの巣地獄を登ってくと道無くなる(・・;)御泉水という池があったけど、後世のものらしい。さらにヤブを登ると竪堀に段々曲輪、そして三の曲輪にたどり着く。モッコリお山があるけど狼煙台の説がある。向こうに二曲輪、間にデカ堀切♪その向こうは主郭、間にまたデカ堀切♪ナカナカの規模で見ごたえあるある♬(☆∀☆)尾根には残し土塁と堀跡が♪曲輪の間をぬけると鉄塔あるあるこの辺はまたヤブってる。搦手奥は土橋で終わり。でっっかーーい堀で区切られた3つの曲輪が特徴(^-^)/縄張図がないと迷子になりそうで 戦国の遺構と雰囲気残るとこだったよん♪
いくつかの郭とその間の空堀から成り立っている。各郭は面積も広いのだが、郭の縁から切岸はあまり急峻という印象はない。
名前 |
伊豆木城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www.iida-museum.org/kouko/remains/yamashiro/list.html |
評価 |
3.6 |
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伊豆木城(580m/60m)遺構:土塁,郭,堀城主:伊豆木氏歴史:築城年代は定かではない。 城主は伊豆木氏と伝えられ、「大塔物語」に応永7年(1400年)に信濃国守護小笠原長秀が善光寺に討ち入った際に従軍した伊那衆の中に伊豆木美作守の名が残る。その後の動向は定かではないが、天正10年(1582年)織田信長の信濃侵攻により伊豆木家は滅亡し廃城となったといわれる。説明:伊豆木城は伊豆木陣屋(小笠原屋敷)の北西背後の山に築かれている。 比高60m程の低い山ではあるが、空堀で区画された曲輪が東西に並び遺構は山全体に拡がっている。主郭は西端で中心となる曲輪から西、南西に伸びる尾根に段が続く。空堀で隔てた東側が二郭で、更に東側に空堀で隔てた三郭がある。三郭は中心がこんもりとやや高く、その周囲に小段を配している。案内:伊豆木陣屋から山へ通じる道がある。