熊谷直実ゆかりの蓮生寺。
真宗 大谷派 熊谷山 蓮生寺の特徴
熊谷直実ゆかりの美しい蓮生寺です。
平家物語に名を刻む有名なお寺です。
創建は1195年、歴史ある浄土真宗の寺院です。
綺麗で立派な御寺さんです。お庭も素晴らしい。
浄土真宗大谷派のお寺さんです。境内はきれいに手入れされていました。本堂に向かって右に親鸞聖人が立っておられました。
親切で丁寧に教えていただけるので、とても分かり易いです。また、穏やかな表情で話していただけるので、分からないことは遠慮なく、気軽に質問できます。初めての事ばかりでしたが、色々と教えていただき、なんとか落ち着くことができました。
山門が素晴らしい、熊谷直実(蓮生房)ゆかりのお寺です。本堂の右手奥(天然記念物のイブキがある場所)には平成の改修工事で降ろされた屋根瓦が展示してあります。開山のエピソードがいかにも浄土宗らしい。今から800年も前のこと、 法然上人の弟子であった熊谷蓮生房は、病気 になった母に会うため急いで都から関東に向かっていた。 ところが、小夜の中山で山賊に襲われ、無一文になって藤枝にたどり着いた。そこで福井長者と呼ばれていた福井憲順からお金を借りようとしたが、「質物として置いてゆくものが無ければ貸すことはで きない」と断わられてしまった。すると蓮生房は「然らば大切な十念を質にいたそう。」と言い、憲順に向かって掌を合わせて「ナミアミダブ ツ」と唱えた。すると不思議なことに蓮生房の口の中 から金色に輝く阿弥陀様があらわれ、いっしょに唱えていた憲順の口中に吸いこまれていく。 十度唱え十体の阿弥陀様が憲順の身体の中に収まってしまった。驚き感激した憲順は直ちに一貫文の銭を蓮生房に差し出した。その翌年、法然上人のもとに帰る途中、 世話になった福井長者の屋敷を訪れて昨年の礼を述べ、借りたお金を返すと福井長者に「質に入れた念仏を戻して下さい。」と申し入れた。 福井長者は困ってしまった。「私のような欲の深い者は、どうしたらそのような尊い念仏が申されるでしょうか。」と尋ねると、蓮生房は「ただ、南無阿弥陀仏と称えなさい。そうすれば必ず戻ります。」と答えた。そこで長者は手を合わせ、心の底から一心 に念仏を唱えると、口の中から阿弥陀様があらわれ、 蓮生房の口中に戻った。九回くり返し九体阿弥陀様 が戻されるのを見ていた憲順の妻は、最後の一体となった時、「できることなら、あと一遍の唱名と一体の阿弥陀様を私達にお預け下さい。」と懇願した。蓮生房も二人の真剣さに打たれ、快く承知した。そして憲順は蓮生房の弟子となり 法名を蓮順、妻は蓮心と名づけ仏門に入り、岡出山の麓にあった福井長者の屋敷を念仏道場の蓮生寺とした。
平家物語「敦盛の最期」で敦盛の首をとり、のちに出家した熊谷次郎直実ゆかりの寺だそうです。本堂の南側、長楽寺通りのバス停の近くに入口があり、そこから入ってゆくと立派な山門が見えてきます。本堂の前には桜の木があり、春にはきれいに花を咲かせるでしょう。境内には、藤枝市の天然記念物に指定されているイブキがあります。本堂の北東側に駐車場があります。
| 名前 |
真宗 大谷派 熊谷山 蓮生寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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蓮生寺(れんしょうじ)宗 派 浄土真宗大谷派山 号 熊谷山寺 号 蓮生寺創建年 建久6年(1195年)開 山 熊谷次郎直実訪問日 2026/1/14田中城藩主•本多氏の菩提寺ということで訪ねてみました。蓮生寺は、平家物語「敦盛の最期」で敦盛の首をとり、後に出家した源氏の武将•熊谷次郎直実(後に出家して蓮生法師)ゆかりの古刹である。藤枝宿の長者であった福井氏が、熊谷次郎直実(法名•蓮生)の法力を畏敬し、弟子となり家財を投げうって建立したと伝わる。境内の「イブキ」は藤枝市の天然記念物に指定されています。立派な山門が目を引くが、これは文化8年(1811年)に田中城主•本多正意が寄進したものだそうです。