観音寺城への冒険、草木の中で!
佐々木城址碑の特徴
観音寺城の途中にあり、散策途中に訪れやすい場所です。
観音正寺へ向かう途中に位置しているので、便利な立地です。
2018年に訪問した際には、歴史的な雰囲気を感じました。
観音寺城の途中にあります。外れた場所にあり、GPSが役立ちました。観音寺城跡は、繖山に築かれた近江国守護佐々木六角氏の居城跡です。佐々木氏城跡ともいい、国指定の史跡です。城跡は昭和44年(1969)から2年にわたって発掘されました。築城の年代は明らかではありませんが、戦国時代に六角高頼(たかより)(1445-1520)が、家臣である伊庭行隆・山内政綱(まさつな)らに命じて築城させたものと伝えられ、以後次第に整備されて、典型的な山城となったといわれています。山頂部には、樹間に本丸跡の石垣や石段、平井丸(ひらいまる)・落合丸(おちあいまる)・池田丸(いけだまる)の3つの城郭跡が残っています。また、大夫殿の池と称する籠城に備えた命水や、山上の雨水が石垣を崩さないように考えられた石畳の樋などがあり、多くの箇所に工夫が疑らされているのがわかります。本丸跡からは、ほかに茶器・硯・水差し・皿・壺なども多数出土しました。頂上からは、湖東平野一円を見渡すことができ、旧中山道や朝鮮人街道もよく見えます。
観音正寺に向かう途中に寄ってみました。観音正寺山上駐車場から観音正寺本堂に向かう参道を進んでいくと道中中半くらいの右手に「佐々木城跡」への立看板があり脇道から山中へ続く階段が見えました。看板入口付近は若干草が茂っており入山するのを躊躇いましたが思い切って進みました。登頂序盤は若干の雑草があり大丈夫かな、なんて心配しながら進みましたが山道の急勾配の階段や狭い通路に集中しているせいか余り気にせずに進めました。(雑草が多く生えている箇所とない箇所がある。)ただしクモの巣ハエ薮蚊は最後まで付きまとわれ夏の山、を感じさせられます。道中「佐々木城趾碑」に到着までには古びた「石垣」なんかは確認できましたが他の特筆すべき事は余り見付けられませんでした。また何分、「佐々木城趾碑」周辺は背の高い木々が多く楽しみの眺望も良くなくちょっとガッカリしましたがその場所から少し進むと「繖山」の三角点があるとの看板がありせっかくなので僅かな期待(キレイな景色)を膨らませそこ迄進むことにしました。城趾からは10~20分位で「三角点」に到着できました。途中、風雨で山道の階段が破損している場所があり山肌が剥き出しの箇所があるのでちょっと滑落、転倒の注意が必要です。「繖山三角点」周辺は割に視界が開けていて爽やかな微風とキレイな景色も見えここまで来てやっと報われた感じがしました。もし「佐々木城趾」まで来たら「繖山三角点」まで行くのをお薦めします。(佐々木城趾入口看板から往復1時間前後でした。)
軽く山登りです。傾斜がキツイのでトレッキングシューズくらいで登るのが良いと思います。
2018年2月に訪問。観音寺城は元々近江源氏の佐々木氏の居城であったようで、大正時代に石碑が作られたようです。石碑は巨石の上にあり、3mと大きいので迫力があります。また周辺には巨石が数多くあり、かなり神秘的な雰囲気です。古今東西、巨石は信仰の対象ですし、パワースポットだとか、そうでないとか。
名前 |
佐々木城址碑 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/bunakasports/bunkazaihogo/312345.html |
評価 |
3.5 |
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朝早くともあり、三角点から下って来たこともあり、当然ここには誰も訪れていないため、草木がかなり生い茂り、女郎蜘蛛のクモの巣だらけで進むのに相当苦労しました。下からやったら、楽やったのかな?観音寺城は別名佐佐木城(佐々木城)とも呼ばれているのですが、本丸の観音寺の石碑よりドでかくて立派!しかもよく見たら、お坊さん?の顔らしきものが!しかもしっかり掘られてます。落書きなのか、よくわかりません。落書きやと、いけませんね。建立は大正4年なんで107年前ぐらいになります。