源氏ほたる乱舞の穴場。
天山神社(厳木町広瀬)の特徴
天山神社は源氏ほたるの乱舞が観られる美しい場所です。
無料駐車場完備で車でのアクセスも便利な神社です。
厳木町の下宮は天河大辨財天社の元宮にあたります。
肥前鳥居がみられる。杉、ナギなどの大木もあります。
歴史を感じさせる神社。古いものが沢山残っていますが、手入れもきちんとなされています。おみくじは社殿内にあり。県指定の古木もたくさんです。トイレはありません。
天山神社より奥へ 道なりにダム方向観音橋付近は源氏ほたる生息してて川沿にすごい数の蛍が乱舞しています車でお出での方は近くに無料駐車場が有ります。
厳木天山神社は、JR厳木駅の東3.8kmほどの唐津市厳木町広瀬の厳木川沿いに鎮座している神社です。旧社格は郷社です。天山(標高1046m)山頂に鎮座している天山神社の下宮で、肥前国三宮と伝えられます。「持統天皇の御宇外冠屢なりされば、参議藤原安弘に命じ之を平定せしむ。戝平らきて后、天皇安弘の功を賞し晴気の里を賜う。里人安弘の徳を慕い、移り住む者多し。是に於いて大宝二年(702年)十二月二十五日祠を天山の頂に創建し、市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の三柱を斎きて鎮守神とし庶民安泰五穀豊穣を祈る。然るに白雲山上を蓋い、忽ち散して廣瀬の里の上に集まる。依りて又此地にも三神を祀り、更に天御中主神、倉稲魂神の二柱を配祀して再び祈願せり。是即当社にして天山上にあるものを上の宮と称し、此地にあるものを下の宮と称えたり。」永禄3年(1560年)波多藤重丸及家臣鶴田兵庫之助により社殿が改興され、天正年間(1573〜1592年)獅子ヶ城主の鶴田越前守前は、当社を祈願所として尊敬し、社殿の修理造営は勿論、社領も寄進していましたた。しかし、藩政時代に入り元和2年(1616年)寺沢氏の検地によりすべて没収されました。天山神社は現在上・中・下宮よりなり、天山頂上に近い池の辺に享保5年(1720年)に創建されました。三の鳥居は大正8年(1919年)の建立で四の鳥居は昭和38年(1963年)の建立です。御祭神は、天御中主命(天地創造の神)・倉稲魂命(食物を司る神)・宗像三女神(海原の守護神:端津姫命、市杵島姫命、田心姫命)です。境内社として、八幡神社、八坂神社、黒尾神社、宮地嶽神社、天満宮があります。毎年、四月二日:春祭、九月十五日:八幡神社例祭(浮立奉納)、九月二十三日:宮地嶽神社例祭(浮立奉納)、十二月二日:秋季例祭が開催されます。神社のある「広瀬(ひろせ)」という地名は、かつてあった対馬府中藩の東松浦郡(ひがしまつうらぐん)広瀬村に由来します。明治22年(1889年)広瀬村、厳木村、浦川内村、中島村、牧瀬村、瀬戸木場村、波瀬村、笂木村、岩屋村、本山村、天川村、広川村、鳥越村、平之村、星領村が合併して、改めて厳木村が発足しました。昭和27年(1952年)厳木村が町制施行して厳木町となりました。平成17年(2005年)浜玉町・厳木町・相知町・北波多村・肥前町・鎮西町・呼子町が唐津市と合併し、改めて唐津市が発足しました。
天山神社四社巡り上宮、下宮三社の1つ厳木町の下宮のです天山上宮の池に弁財天が降りたことから天山神社を祀ることになり、奈良にある天河大辨財天社の元宮となってますのでここでも神話は九州から東へ移っていった伝承の1つですね。御祭神は天御中主尊 あめのみなかぬしのみこと(天地創造の神)本殿左奥に倉稲魂尊 うかのみたまのみことスサノオウの次男でその後お稲荷様になった神様ですね(五穀豊穣を司る神)本殿右奥に宮地獄神社があって祀ってあるのが宗像三女神(海原の守護神)スサノオウの三人の娘ですね本殿右手に八幡神、祇園神、黒尾神が祀られております。八幡神は神功皇后、応神天皇祇園神は須佐之男黒尾神は武内宿禰のお母さん武内宿禰は神功皇后、応神天皇より以前から仕えるサニワです。参謀ですね🐈この三女神はスサノオウのこども達はだいふくが巡ってる祓戸四神の神様達で龍神様です。神道と仏教が合さって神格が増し増しになっておられますが。市杵島姫は吉祥天田切都姫は黒龍天田切姫は弁財天まだ別の神格も持っておられますがぐっちゃぐちゃになるので。それぞれを速秋津比女、氣吹戸主、速佐須良比女と考えてます。九州北部はスサノオウ系の神様と八幡信仰が昔から崇拝されてますね。神威も神気も凄い神社です是非行かれてくださいありがとう御座います🐈
| 名前 |
天山神社(厳木町広瀬) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0955-63-4064 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ここは藤棚が素晴らしいとこです♪穴場だと思うばいね。