余野公園奥の隠れ家。
壬申の乱 古戦場跡の特徴
壬申の乱 古戦場跡には歴史を感じる場所が広がっている。
史跡の魅力を伝える案内板があれば、さらに楽しめる。
三重県伊賀市の貴重な文化財として、多くの人に訪れてほしい。
案内板のひとつでも欲しいところ。
余野公園奥。喫茶店を左手に進み、三叉路を左手。ただ途方だと多分30分位。途中で諦めて、車に戻って向かった。突然右手のガードレールに、消えかけている垂れ幕。日本書紀からって書いてるので、帰って調べた😁日本書紀によれば、当時はこのあたりは鹿深(かふか)と呼ばれていた。個人的な想像では、かふか→こうか(甲賀)になったと思う。ただ、道の下に川が流れているだけだけど、古代史好きにはそれで十分❤️
| 名前 |
壬申の乱 古戦場跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
2.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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何気なくグーグルマップをいじくっていたら見つけました。気になったので以前読んだ遠山美都男著の『壬申の乱』をもう一度読み返してみました。それによると美濃の野上に本営を置いていた大海人王子は野上と大和のルートを確保するために「くらふ」と「たらの」に守備隊を置いてルートを守っていたのですが、そこへ大友軍の部隊が夜襲をかけて「くらふ」の部隊を壊滅させ、更に翌日「たらの」にも夜襲をかけるのですが、前日の夜襲によって用心していた大海人軍によって大友軍は撃退されて「たらの」の奇襲は失敗に終わったのだそうです。恐らくこちらの古戦場は大友軍が大海人軍を壊滅させた倉歴(くらふ)の戦いの古戦場になると思います。それにしても写真で見る限り、説明板は無く看板(?)だけのようですね。他の方のクチコミにもあるように説明板ぐらいは設置してほしいと思います。尚、もっと詳しく知りたい方は遠山美都男著の『壬申の乱』を読まれることをお勧めします。