現代の神社、三島神社で癒しを。
三島神社の特徴
現代の道を築いた三島通庸を祭る神社です。
境内には漫画家にわのまこと氏の絵があります。
手水舎には珍しい蛇口が設けられています。
2024年8月訪問バスの場合はゆーバスが西那須野駅西口から出ています。最寄りは那須野が原博物館バス停ですが、循環バスが1日4本のみなのでこれだけでの訪問は厳しいです。少し歩いたところに三島バス停があり、そこからは1時間に1本程度バスがあります。車の場合敷地内に数台程度停められるスペースがあります。博物館は道の駅でもあるので、そちらに停めて訪問でもいいかもしれません。三島弥彦の看板が目を引きました。御朱印は右手手前の社務所で、とのことでしたがあいにくご不在でした。玄関近くに蜂の巣の注意の張り紙があったので早く駆除されるといいな、と思います。
2024.6.1.Saturday.朔日詣り#CREA旅🚌で#栃木県 まで突撃しているので道の駅那須野が原博物館傍にある#三島神社⛩️さんに御礼参り手水舎が珍しく蛇口が付いていた。感謝🙏#朔日詣り#なにわの突撃隊#御礼参り#キャンピングカー旅#nutsrv#CREAハイパーエボルーション。
現代の我々が塩原に気軽に来れるのも道路があればこそです。その功績の多大な三島通庸(みしまみちつね)に縁のある場所を訪ねました。三島神社三島農場跡三島通庸記恩碑以下、栃木県商工会連合会のHPより三島通庸と塩原新道開発塩原は関東地方の北部に位置し、湯量豊富な温泉と緑豊かな大自然にかこまれた日本でも有数の温泉地です。 現在は国道400号線が東西に走り、北は会津地方、南は鬼怒川・川治へとぬけることができます。この“道”は生活道路として、また町の基幹産業である観光道路として、私達にとって大変重要なアクセスです。西那須野・塩原インターをおりると千本松牧場沿いに国道400号線が直線に走ります。関谷を経て山坂道に入るとそこは通称“塩原バレーライン”です。塩原温泉郷へと向かう途中の景観 “塩原渓谷”は、四季折々の自然の美しさで私達の目を楽しませてくれます。そのような塩原への“道”ですが、明治時代の初期まではその地形の厳しさから道らしい道はありませんでした。その昔、江戸時代には現在の那須野ヶ原は水の便が悪く、はぼ原野に近い状態でした。塩原への渓谷には幅一間(1.8m)程の細い山道がわずかに通っていただけということです。この那須野ヶ原を開拓し、塩原への道を開発してはぼ現在の姿にしてくれたのが時の県令(知事)三島通庸です。明治17年三島道庸は県令に赴仕ずるとただちに土木事業に力をいれます。当時栃木町(栃木市)にあった県庁を宇都宮町に移転させ、陸羽街道(四号線)を開通させ、塩那街道を開通させました。「栃木県庁落成式」及び「塩原新通開通式」には中央政府より三条美実太政大臣をはじめとする多数の高位高官が参列しました。この新道開発以来、明治19年の東北本線西那須野停車場の開業ともあいまって次第に塩原にも東京方面よりのお客様が来るようになりました。その後、尾崎紅葉・夏目漱石・正岡子規・北原白秋・斎藤茂吉・与謝野晶子ら数多くの文人達が遊び、三島家所有の別荘献上による「塩原御用邸」の建設で一躍世間にその名が知れ渡りました。塩原近代化の基はいわばこの“新通関発”によるアクセスの整備によるものといえるでしょう。
神社の南東側、土地が碁盤の目になってます(三島農場開拓の名残みたいです)。宮司さんに会えて、いろいろなお話を聞かせていただきました。
お電話してから伺ったところわざわざ来ていただき面白い話を沢山して頂きありがとうございました。拝殿に入れていただいた上太鼓もたたかせていただきました。
静かで神主さんも優しさが滲み出ていて良い方でした。
衣食住に御利益がある神社だそうです。
御朱印を頂きに参拝しました。拝殿で宮司さんに電話しましたが、都合がつかず、御朱印は頂けませんでした。
5輪の茅の輪をくぐり参拝、静かな神社さま。
| 名前 |
三島神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0287-36-6803 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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御朱印巡りにて初参拝┏○ペコッ書き置きも無く、無人。