戦国の息吹、吉窪城遺構探訪。
吉窪城跡の特徴
小学校の遠足として訪れることが多い史跡です。
落ち着いた雰囲気の中で歴史を感じられます。
家族連れも楽しめる場所として人気です。
北側の狭い農道に案内標識付き🪧の登城口がある周りには古墳もいくつかある主郭は神社さんで祠が並んでた所々に城跡遺構の説明表示されてる「抜け穴」は違うような ..などと散策すると 土塁♬が多く残ってて想像が膨らむ石室が崩れたモノ との説がある凸凹した曲輪周辺には石積♪が見れる北側には竪堀♬も残ってたちょっぴりヤブってるけど 戦国遺構と思える部分も多く 古墳好きも一緒に楽しめる? 城跡標高619m、古墳前の登城口から比高約40m小田切ダムから比高約250m
小学校の遠足で行った。
落ち着きます!
名前 |
吉窪城跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.6 |
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吉窪城(よしくぼじょう)長野市小田切塩生に位置する戦国時代の山城跡で、犀川が善光寺平へと流れ出る地点に築かれています。この地は善光寺平と安曇野を結ぶ交通の要衝であり、戦略的に重要な場所です。築城者は信濃村上氏の支族である小田切駿河守幸長(おたぎりゆきなが)で築城時期は戦国時代中期(16世紀前半)とされています。山城で、曲輪や土塁などの遺構が確認されています。1557年(弘治3年)甲斐国武田信玄が信濃攻めで葛山城を攻略。吉窪城主の小田切幸長は、葛山城主の落合治吉と共に葛山城に籠城し、吉窪城は幸長の子である民部少輔が守備しました。しかし、葛山城の落城と共に吉窪城も落城してしまいました。吉窪城跡は、戦国時代の北信濃における防衛拠点の一つとして、また現在では自然と歴史を感じるハイキングスポットとして、多くの人々に親しまれています。是非皆さんも訪れてみてはいかがでしょうか。