朽ち果てた井戸の記憶。
水戸黄門 助さんの住居跡の特徴
水戸黄門の住居跡は古井戸のみが残されています。
かつて修復された井戸があったことが伺えます。
遺構は少なく、期待を控えた方が良いです。
特に遺構があるわけではなく、期待しないほうが良い。光圀公の場所から少し離れたところに居たんですね。
昔は、修復された井戸がちゃんとあった(はず)が、現在はその井戸も朽ち果てていました。😭あるのは案内板と井戸の跡地のみ。ただ、行くまでの遊歩道は綺麗に整備されていました。(^○^)
西山荘の入口付近でこの看板を目にして期待とワクワクを胸に秘め水戸黄門ファンの私は不老池沿いの遊歩道を小走り気味の早歩きで駆け抜けました。石段を掛け上がって見た光景は「!?!?」と一瞬なにが起こったのか分からぬプチフリーズ状態。目の前には屋敷も建屋も何もありません。火事にあって焼け野原になったの!?それとも場所を間違えた??と目の前の現実を認めることができないでおりました。大好きな助さんの住居あとが立看板一つと井戸跡だけとは...復興までは求めませんがせめてこのような住まいだったとか分かる資料や展示などで捕捉されているとよかったのですがね...
住居跡に井戸のみが残されている。佐々介三郎宗淳(さつさすけさぶろうむねきよ)は、35歳の時に水戸黄門さんと全国行脚して、古文書を収集して大日本史に尽力を尽くし、彰考館の総裁に任命され、総裁を辞めた後は小姓頭として、晩年西山荘の黄門さんに仕えて59歳の時に死没している。
本当にこの先に有るのかと思う所にあります、壊れた井戸の跡がなかったら全く分かりません。
| 名前 |
水戸黄門 助さんの住居跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
現在は古井戸を残すのみ黄門様の住居と結構離れてる気がします実は蔑ろにされてたのでは?