清心尼の墓で未来へつなぐ。
清心尼公の碑の特徴
遠野の治安向上に寄与した清心尼の墓です。
重要な歴史的な場所としての清心尼公の碑があります。
地域発展の象徴として訪れる価値のあるスポットです。
2021年5月11日に墓参しました。第19代南部直栄(なおよし)は、自分の娘である俗名子子(ねね)を弟の第20代南部直政(なおまさ)に嫁がせました。しかし、夫である直政は、慶長19年に越後高田城築城を指揮している最中に28歳で病没してしまいました。この時、子子こと第21代清心尼には、跡取りが産まれていませんでした。新田政広の嫡子直義(なおよし)を養子として迎い入れて、八戸南部氏を継がせました。そして、この第22代南部直義が、八戸から遠野に転封して来るわけです。清心尼は、難治の地と云われた阿曽沼氏の旧領地を直義を支えながら城下町を整備していったそうです。
| 名前 |
清心尼公の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0198-62-1333 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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遠野の治安向上、発展させて下さった清心尼の墓です。八戸から近くにある横田城に来たときは荒れ果てて洪水が度々起こり大変な土地柄でした。横田城から鍋倉山へ移城してから家臣も洪水に困ることなく城を守れたと聞きます。墓は元の横田城の近くにあり、隣の諏訪神社は前の阿曽沼氏由縁の神社になります。このお墓の場所は昔火葬場があったようです。車は2台ほど停めれるスペースがあります。熊に注意下さい。