桃山文化の国宝、唐門の美。
唐門の特徴
豊臣秀吉が築いた伏見城の遺構で、国宝の唐門に圧倒されます。
元々は極彩色だった唐門の大きさと存在感は圧巻です。
正月三が日のみ通り抜けでき、特別な体験が待っています。
唐門豊国神社にある桃山時代建築の国宝建造物。本殿正面に建つ四脚唐門。 南禅寺金地院から移築されました。 伏見城の遺構と伝えられ、欄間や扉などに豪華な装飾が施されています。常時公開…境内 拝観自由(豊国神社HPより)豊国神社の唐門は、全体的に黒っぽい色合いを呈しているが、これは唐門が建てられたその当時、全体が漆で塗られていた為である。彫刻もまた極彩色に彩られ、随所に金箔が押されていた、桃山文化らしい荘厳華麗を極めた門であった。現在、それらの彩色は経年により褪色してしまっているものの、要所要所に散りばめられた飾金具は往時の輝きそのままに、夕日に照らされ美しく輝いており、木部とのコントラストに思わず目を見張る。この豊国神社唐門は、同じく桃山文化を代表する装飾優れた本願寺唐門、及び大徳寺唐門と共に、国宝三唐門と称されている。ちなみに、豊国神社唐門の左右には8基の灯篭が並んでいるが、それは秀吉ゆかりの大名たちが寄進したものであるという。Karamon GateA Momoyama-era National Treasure at Toyokuni Shrine, this four-legged Karamon gate stands directly in front of the main hall. It was relocated from Konchi-in Temple at Nanzenji Temple. Said to be a remnant of Fushimi Castle, its transoms and doors are lavishly decorated.Open at all times... Free to view the grounds (from the Toyokuni Shrine website)Toyokuni Shrine's Karamon Gate is dark overall, reflecting the original lacquer coating. The carvings, richly colored and adorned with gold leaf, were a testament to the majestic splendor of Momoyama culture. While the colors have faded over time, the decorative metalwork scattered throughout the gate retains its original luster, shining beautifully in the setting sun. The striking contrast with the woodwork is captivating. Toyokuni Shrine's Karamon Gate, along with the Honganji Karamon Gate and Daitokuji Karamon Gate, both of which are also representative of Momoyama culture and feature exquisite ornamentation, are considered one of the Three National Treasure Karamon Gates. By the way, there are eight lanterns lined up on either side of Toyokuni Shrine's Karamon Gate, which are said to have been donated by feudal lords associated with Hideyoshi.
令和6年 5月5日 GW 京都 奈良唐門 豊国神社京都の国宝三唐門の一つに数えられる、桃山文化を象徴する豪華な建築物です。もとは豊臣秀吉が築いた伏見城の遺構とされており、国の国宝に指定されています。唐門は元々伏見城にあり、その後二条城、南禅寺金地院を経て、明治時代に現在の豊国神社(方広寺大仏殿跡地に再建)に移築されました。
「唐門」は豊国神社にある桃山時代建築の国宝建造物です。本殿正面に建つ四脚唐門。 南禅寺金地院から移築されました。 伏見城の遺構と伝えられ、欄間や扉などに豪華な装飾が施され、金箔や彫刻で華やかさを演出しています。西本願寺唐門、大徳寺唐門とともに「京の三唐門」と呼ばれ、各所を豪華な飾金具や彫刻で装飾が施された桃山時代を代表する建造物として国宝に指定されています。
元は江戸時代の伏見城廃城で二条城へ移った門のようです。二条城の古図には唐門は二の丸に二カ所書かれてありました。一つは今も有る重要文化財の二の丸御殿の唐門で残る一つが国宝のこの門だと思われます。この門は二の丸の行幸御殿入り口に有り四脚門の次に通る門でした。行幸後に御殿は取り壊されて南禅寺に下賜され豊国神社へと伝わったようです。豊臣時代の伏見城は落城で炎上しているので秀吉公の門とは考えにくいと思いますが太閤さんぽいです。
遠くからでも豪華な装飾が施されているのがわかるほど煌びやかな門です。桃山時代のもので、伏見城の遺構と伝えられ、南禅寺金地院を経て移築されています。また、西本願寺、大徳寺の唐門とともに国宝三唐門と称されています。
豊国神社が明治維新後、元の方広寺大仏殿の旧地に再興された際、南禅寺金地院から移築したものだそうです。入り母屋造り、檜皮葺きの屋根の前後に軒唐破風をつけた向唐門だそうです。
豊国神社の唐門(国宝)です✨️立派な門ですよね☺それもそのはず京都の3大唐門になっていますよ!豊臣秀吉が造った伏見城の唐門を移築した物だそうです。長浜城近くにも豊国(トヨクニ)神社は有りますが、こちらの呼名は地元では「ほうこくさん」の様です。
鳥居をくぐり、正面にあるのが豊国神社の唐門。国宝です。参拝者が少ないので、ゆっくり、じっくりと拝見できました。とても立派な唐門です。
国宝です元々は伏見城にあったものを移築したものだそうで、かっては極彩色でかつ金箔を全面に施してあったそうです今はもう金箔も、西本願寺や大徳寺の唐門のような極彩色は残されていませんが、それでもその大きさには圧倒的なものがあります豊臣家の家紋の大提灯、千成瓢箪の馬印を模した絵駒掛けも注目です普段は柵がありくぐって通り抜けることはできません柵のところにおかれた賽銭箱のところで手を合わせるしかありませんしかし正月三が日のみはこの唐門をくぐってお参りできます唐門の手前に秀吉像が在りますその前を左手に通っていくと方広寺にいく通路になっていますすぐそこに方広寺の鐘楼が建っていますあの国家安康の鐘です。
| 名前 |
唐門 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-561-3802 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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頂いたパンフレットによれば、神社正面の唐門は伏見城の遺構と伝えられ、西本願寺唐門、大徳寺唐門とともに「京の三唐門」と呼ばれ、各所を豪華な飾金具や彫刻で装飾が施された桃山時代を代表する建造物として国宝に指定されているそうです。徳川家の門というと日光東照宮の陽明門が思い浮かびます。こちらは極彩色に彩られ、ある意味、ケバケバしさを感じますが、豊国神社の唐門は金色の装飾具を使いながら茅葺き屋根や木材本来の色と相まってとてもシックに感じます。まあ、秀吉の黄金の茶室は成金趣味といった感じがしますが、唐門が金箔で覆われていなくて良かったと思います。唐門の扉は開かれていますが、柵があって中には入れません。唐門からお参りをしました。門には、「豊国大明神」という扁額が掲げられ、網があって見えにくいのですが、扁額の左側には鶴の彫刻がありました。この鶴には目がないそうです。彫刻の出来があまりによかったので、目を入れると本当に飛んで行ってしまうと考えられ「目無しの鶴」となったそうです。唐門の扉にも細かな彫刻が施されていました。頂いたパンフレットに記載された由緒書の内容は以下の通りです。豊国神社京都市東山区大和大路正面茶屋町鎮座由緒当社は慶長四(一五九九)年、前年に薨去された太閤豊臣秀吉公を奉祀する為、朝廷より正一位豊国大明神の神階神号を賜り、東山阿弥陀ヶ峯に創建。社領壱万石、境内域は三十万坪に及び、当時の壮麗な社殿や華麗な祭礼の様子は「豊国祭礼図屏風」や様々な古記録によって知ることが出来る。元和元(一六一五)年豊臣氏滅亡後、幕府の命で廃社となったが、明治元年、明治天皇は祭祀の復興を命ぜられ、同六年別格官幣社に列し、同十三(一八八〇)年方広寺大仏殿跡地に社殿を造営し再興された。大正十四(一九二五)年には秀吉公の夫人、豊臣吉子方(北政所おね様)を祀る貞照神社が創祀され、現在では出世開運・良縁成就の神様として全国より崇敬をうけている。神社正面の唐門は伏見城の遺構と伝えられ、西本願寺唐門、大徳寺唐門とともに「京の三唐門」と呼ばれ、各所を豪華な飾金具や彫刻で装飾が施された桃山時代を代表する建造物として国宝に指定されている。