近江神宮前の歴史発見。
史跡近江大津宮錦織遺跡第4地点の特徴
近江神宮前駅西側からすぐにアクセス可能です。
住宅街の中にひっそりとある遺跡です。
天智天皇の遷都にゆかりの深い歴史的スポットです。
解説板が或る。唯の空き地に見えるが。
京阪近江神宮前駅の目の前です。
南北に伸びる塀の一角とみられる柱跡が見つかってます。
駅前にある。住宅地にぽっかり出来た空き地に見える。表示板があって助かった。
京阪近江神宮前の駅前にある遺跡ですが、埋め戻されたのか、ただの広場に見えます。この場所には倉があったそうです。
近江神宮前駅西側改札を出てすぐにある遺跡ですが、住宅街の中にいきなり現れる空き地のため、標識がなければなかなかそうだとは気づかないかもしれません。当たり前のことではありますが、かつてこの周辺に存在した大津京の国指定の史跡なので・ゴミはもちかえること・ボールあそびはしないこと・どうぶつにフンをさせないこと・花火など火遊びをしないこと・ローラースケートなどはしないこと・ここに反吐などをしないことといった注意事項が看板で掲げられています。
近江神宮前駅西側改札を出てすぐにある遺跡ですが、住宅街の中にいきなり現れる空き地のため、標識がなければなかなかそうだとは気づかないかもしれません。当たり前のことではありますが、かつてこの周辺に存在した大津京の国指定の史跡なので・ゴミはもちかえること・ボールあそびはしないこと・どうぶつにフンをさせないこと・花火など火遊びをしないこと・ローラースケートなどはしないこと・ここに反吐などをしないことといった注意事項が看板で掲げられています。
天智天皇6年(667年)3月19日遷都。
| 名前 |
史跡近江大津宮錦織遺跡第4地点 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
http://www.shiga-ec.ed.jp/www/contents/1438304524592/html/common/other/55d173d3016.pdf |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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近江神宮前駅を降りてすぐの場所にあります。空地の状態です。以下、案内板より史跡 近江大津宮錦織遺跡第4地点昭和六二年一二月二五日追加指定大津宮は、天智天皇により六六七年から五年間営まれた都で、国家としての体制が整った時期です。宮は、近年の発掘調査により、錦織に所在することがわかりました。大津宮の構造は、これまで、内裏正殿・内裏南門・回廊・塀・倉庫などが明らかになっています。建物の柱は、直接地面に穴を掘って建てる掘立柱建物です。当場所からは、昭和六一年に行った発掘調査で、地表下七〇㎝において南北にのびる塀の一角とみられる柱跡三基が見つかりました。柱は、一辺一m前後の方形の穴を掘り、柱を立てた後、掘った土で穴を埋めて柱を固定していました。柱の径は二〇㎝、間隔は、二.四四m、二.八二mでした。また、北側の二基には柱が抜き取られた痕跡がありました。柱列は、内裏南門の柱跡が見つかった第一地点の東約六〇mの地点にあたり、ここに東西三七m、南北四二mの区画があったことが推定できました。同じ構造の建物が難波長柄豊碕宮(前期難波宮・孝徳天皇)にもあり、大津宮も前期難波宮と同じ構造であったと思われます。このことから、昭和六二年に国の史跡として追加指定されました。滋賀県教育委員会。