495mの小谷山、歴史に触れる登山体験。
大嶽城跡の特徴
小谷城本丸から続く、美しい登山道が魅力です。
標高495mの小谷山山頂は絶景のポイントです。
土塁に囲まれた曲輪跡が歴史を感じさせます。
小谷山の頂上、標高495mにある大嶽城。標は2024年に建てられていて新しいです。今は登山客の方も多く訪れています。もともとは浅井氏の小谷城の主郭はここだったそうです。1572年、織田軍の侵攻に備えて朝倉軍が入り、曲輪や土塁を増やして守りを強化。小谷城のすぐ近くですが、ここは朝倉側が守る拠点でした。しかし小谷城落城の直前、織田軍がここを強襲して攻略。そのまま越前へ進み、朝倉家は滅びていきます。実際に歩くと、とにかく急峻です!495mの山頂らしく、勾配のきつい階段のが続きます。駐車場のある番所跡から歩く場合、若い方で60分、年配の方で90ー120分はかかると思います。急な階段も多いため登山装備は必須です。木々に遮られていますが、本来は小谷山一帯を見渡せる好立地です。頂上からの眺めは気持ちいいです!
標高495m最高所に築かれたお城です。想像以上に遺構が残り、更に広いので驚きました。六坊からの登山道は階段だらけで気合いが必要です(汗)でも、見るべき遺構ですっ!
前回は100名城スタンプラリーが目的で歴史資料館でスタンプだけ押して攻城せず帰ってしまったので、今回はリベンジで小谷城址と大嶽城跡、両城の攻城目的で来訪しました。ひとまず標高の高い大嶽城跡を先に登ることにしました。道中に色々な史跡がありました。ようやく辿り着いた山頂からの眺めは気持ち良かったです。山頂から麓の歴史資料館に戻ってくると小谷城址への攻城意欲は全く失せてました(-_-;)
小谷城本丸から続けて登りました。途中藪化した登山道や縄場があり、山城初心者にとってはやや危険な登山道となっています。怪我防止で登山靴と軍手、長袖長ズボンはかならず持ち合わせて下さい。また、熊注意の看板があるため、熊鈴も必須です。六坊から先は体感10%〜13%クラスの急階段が永遠と続くため、かなり体力を消耗しました。城跡着いた頃には言葉が出ないほど息切れし、死にかけました😅ただ、途中にある岩尾展望台からの眺望や良好に残っている城郭遺構は見る価値があるほど素晴らしく、登った達成感はありました。城跡にある城址標柱は2024年3月設置と登城時からごく最近になって設置されたようで、調べてみるとそれ以前にも設置されていたようで、そこから類推すると、どうも更新設置が行われたようです。
標高495mと小谷山の山頂にある城跡。元々はここが本丸だったそうです。落城時は援軍の朝倉軍が守っていました。ここに至るまでの道は整備されてますが、非常に勾配がきつく上りも下りもなかなか大変です。ここで一気に足への負担が増しました。攻め落とすのも非常に苦労した場所ではないかと想像します。途中の岩尾展望台からの景色は見晴らしよく綺麗です。ここから山崎丸方面にさらに進めます。
☆小谷山頂の標高495mの城郭。浅井氏初期、1525年(大永5年)には小谷城存在、最初の小谷城の主郭本丸は「大嶽」、後に東尾根筋に移転、連郭式に😲1572年織田軍襲来に備え朝倉軍が入城し曲輪を増築強化、主郭の周囲を土塁で囲み、段々状に円郭式のように帯曲輪や腰曲輪に横堀・堅堀・切岸と色々な縄張が見れます、状態良好👀周りの樹木が無ければ、小谷山東尾根や清水谷、虎御前山や湖北方面を全て見渡せ眺望良好でしょうね❗️
本丸側から登って、山崎丸に下りました。大獄兼山頂からは雄大な展望を期待して、長く急な木段を上がってきました。だか、鬱蒼としておりました直ぐに下りました🏃 直下の岩尾が絶景でやんす。
ここが小谷山山頂452m。折角だからここまで来てね。標準タイム3時間。整備されており歩きやすい山道ですよ。
本丸跡、六坊跡を経由して行く道は階段が整備されています。ただ段差があり、段数も多いのでなかなか大変でした。福寿丸跡、山崎丸跡方面は道はありますが、山道ですので登山靴がお薦めです。
| 名前 |
大嶽城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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大嶽(おおづく)と読みます。新緑のヤマモミジとブナの木々の中、涼しい風が吹く小谷山山頂です。秋には紅葉、冬には里の冬枯れ景色が楽しめそうです。