九州最大の古墳、岩戸山の魅力。
岩戸山古墳の特徴
九州最大の前方後円墳であり、訪れる価値が高いです。
岩戸山歴史文化交流館の展示室が素晴らしく興味を引きます。
地元のボランティアが丁寧に案内してくれる、温かい雰囲気の場所です。
はい、休日恒例のパワースポット巡りでございます。本日は、北部九州最大級と呼ばれている岩戸山古墳へ行って参りました。他の方のレビューとか見てると、休憩所が無料とか色々書いてあったので、まぁ検証も兼ねてって事で。まぁまぁの距離があり、祭日で連休って事もあり混むであろうと予想し、高速利用で行く事にしました。そしたら何と、反対車線は事故処理やったのか大渋滞してましたねぇー。こっちの車線も事故車はいましたが、既に移動されてたので大きな混乱は無し。こりゃ目的地も混んでるだろなーっと思いながら駐車場に辿り着いたら、予想通り満車に近かったですねー。俺はバイクだったんで、余裕で駐輪場へ。まぁ連休だからしょうがないんでしょうけど。このいわいの郷は、この岩戸山古墳の保存とかを目的とした多目的施設となっていて、今日もイベントが行われていました。中はエアコンも効いてるし、子供の遊び場もあり、これが無料ってのが自治体の凄い所ですね。問題の古墳はってーと、んーっと唸る程度の物で仁徳天皇陵とかを創造していくと違うなーって感じてしまいます。ただ、古墳の周りは公園の様になっていますので、ゆっくり1日遊べるのでは?
初冬の銀輪偵察🚵第5報。八女市岩戸山古墳岩戸山歴史文化交流館に潜入。北部九州の大豪族磐井の前方後円墳、数少ない被葬者が明確な古墳。天皇の大古墳でさえ誰の墓かわからなくなってるのに、敗者でありながら今に伝承が伝わっているのは、それだけ筑後にとって重要な偉人であり勢力だったことでしょう。古墳にコーフン岩戸山古墳。大き過ぎて全貌を捉えられない。筑後の英雄負けたからこそ現代にそのなを明確に留めるか筑紫の君磐井。墳丘は集合も含めてよく残っており一見の価値あり。墳丘上には大神宮や松尾神社が祀られている。
古墳に興味がなくても様々な植物や鳥のさえずりなどを楽しめる場所です。石人・石馬があり、春はその後ろに桜が咲きます。地元の方のお散歩コースとしても親しまれています。隣接する資料館「いわいの郷」で古墳のことを学んだり八女のことを知ることができて楽しいです。
女市北部、八女丘陵上に展開する八女古墳群を構成する古墳の1つです。筑紫の君の幾世代にもわたる墓域と考えられる八女丘陵は東西10数kmあります。丘陵には西側から石人山古墳、神奈無田(じんなむた)古墳、岩戸山古墳、乗場古墳、善蔵塚古墳、鶴見山古墳、釘崎古墳群、丸山古墳など11基の著名な前方後円墳が見られます。この東方には「金製垂飾付耳飾り」や多数の埴輪を出土した立山山(たちやまやま)8・13号墳、巨石古墳として有名な童男山(どうなんざん)古墳などがあり一大古墳群を形成しています。総数は150~300基と考えられています。岩戸山古墳は九州最大級の前方後円墳で、東西を主軸にして、後円部が東に向けられています。2段造成で全長約135m、後円部径約60m・高さ約18m、前方部幅約92m・高さ約17mあります。墳丘周囲には幅20mの周堀と外堤を持ち、外堤を含めると全長約170mの前方後円墳です。古墳の東北隅には外堤につづく一辺約43mの方形の区画(別区)があり首を落とされた石人石馬等のレプリカが並んでします(本物は隣接する 岩戸山歴史文化交流館 いわいの郷に展示されています。国指定重要文化財)墳丘の内部主体は発掘されていませんが、電気探査等で横穴式石室と推定される構造が確認されています。なお、墳丘、別区から多量の石製品、埴輪が出土しています。筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)の墳墓とされ、6世紀前半の築造と考えられています。6世紀初頭継体天皇の時代、畿内政権からの独立を図った磐井は、朝鮮半島に出兵する将軍・近江毛野臣(おおみのけなのおみ)を、新羅と組んで妨害したが、畿内から来た援軍大伴・物部の軍団に破れました。「筑紫国風土記」によれば、豊前方面へ逃亡した磐井が見つからないのに腹を立てた官軍の兵士たちによって、石馬の首が落とされたと記されています。別区から発見された石馬は首を落とされ破壊されていました。文献から被葬者と築造時期を推定できる日本で数少ない古墳の1つです。九州では第一級の古墳で、規模では宮崎県西都原の女狭穂塚(めさほづか)古墳に次ぐ規模です。筑紫国造が成立したのは6世紀の後半ともみられていますが、5世紀後半にはすでに肥前・肥後・豊前・豊後にまたがる一大勢力圏をつくっていたと考えられます。磐井の子、筑紫葛子は連座から逃れるため、糟屋(現福岡県糟屋郡付近)の屯倉を大和朝廷へ献上し、死罪を免ぜられました。大和朝廷は大陸への入り口と言える博多湾を手にしています。磐井の乱の後も国造の存続を許され、白村江の戦ののち唐に抑留されて天智10年(671)帰国した筑紫君薩野馬はその後裔と考えられています。同族に筑紫鞍橋君・筑紫火君・筑紫火中君が史料に登場します。八女丘陵上には、乱後にも古墳が築造され続けられました。画像に岩戸山歴史文化交流館 いわいの郷に展示されている首の無い石馬と米子市淀江町福岡の天神垣神社に収蔵されている本州唯一の石馬谷古墳の石馬(首があります)を掲示します。
巨大な前方後円墳です。緑豊かな素晴らしい場所。古墳には別区があり そこには石人石馬が並んでいます。神社が古墳の上にあります。いつも とても きれいにお掃除や整備が行き届き 桜やあじさいなど 沢山の木々の緑や紅葉に 四季を通じて感動できる場所です。
九州最大の前方後円墳があり立派な資料館が併設されています古墳の上には神社があり登ることができます登ってみたら三角点もありました資料館では地元のボランティアの方々が丁寧に案内してくれましたのんびりできる場所ですGW限定の弓矢体験が面白かった映像での説明には字幕があると優しいかな。
初めて石人がある場所に行きました。交流館の裏にありましたので、資料を見学した後に行きました。かなり大きな古墳ですので歩きます。古墳から神社、旧資料館の建物などを見ましたが、旧資料館の建物のデザインが素晴らしいです。一見、東大寺の正倉院風と思いました。
北部九州最大の古墳です。隣接の展示館では、磐井が地元住民のことをどれだけ想い、どれだけ民から慕われていたかを知ることができます。驚いたことに入場無料。歴史好きは必ず訪れるべきです。竪穴住居や高床倉庫もありますよ。
この辺りは埴輪より石人が有名です。古墳時代の歴史を伝える博物館があり何と入場料が無料!展示内容もしっかりしており無料では申し訳無いほどの見応えです。古墳は綺麗に整備されていてのんびりできます。一周回っても10分程度なのでこの辺りを軽く散策すると色々な発見がありますよ!
名前 |
岩戸山古墳 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www.city.yame.fukuoka.jp/iwatoyama/onnseiannnai/iwatoyama/1489650065772.html |
評価 |
4.5 |
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6世紀にヤマト王朝と戦った九州の豪族「筑紫君磐井」は、岩戸山古墳の主でありとてもロマンに充ちた人物です!石人石馬を見て、九州最大級の前方後円墳の外周を歩くのは、とても楽しいです!