歴史深い淀姫神社と紅葉。
上無津呂淀姫神社の特徴
鯰様がいる淀姫神社は、歴史ある場所です。
重文の吉村家住宅が近くにある文化的な立地。
一の宮として多くの人々に revered されています。
無人でコンパクトな神社ですが歴史も古く、周囲に点在する淀姫神社のうちの一社です。
立派な肥前鳥居と狛犬。
大木な銀杏と真っ赤な紅葉が印象的です。
肥前鳥居、むくの木の大木、狛犬かみられる。こちらの狛犬はかわいらしいお姿。
祓戸四神と龍神巡り好きなだいふくです🐈川上の與止日女神社から上へ登ってやってきました⛰3つのくるくる紋がありました。高良山を追われた高皇産霊神(タカミムスビノカミ)が祀られていました。厳木の天山神社にも三巴紋がありました。境内の由緒書によりますと淀姫神社の創建は詳らかではない。が、記録によれば、西暦515年継体天皇の御宇の勧請であろうと察せられる由来書の続きはこう書かれています正親町天皇の永禄4年(1561)山内の領主神代勝利、同長良父子は、龍造寺隆信の攻撃に敗れ、この地に救いを求めた。(以下ハショる)平成25年11月吉日 上無津呂自治会で。神代勝利は逃げ込んで助かったので、お礼に祀ったのですね。神代家は高良玉垂神の末裔です🐈高良玉垂神は安曇磯良と奉斎する海神なので、神代家は安曇族の系統です。安曇族はワダツミを祀ります海神族なので豊玉姫、玉依姫を祀ります敗戦して落ち延びる場所はだいたい縁故の場所。この山里に安曇族が入植していたと考えれば、山里に海神の姫神たちが祀られているのもうなづけますね☺目の前の川は「神水川」と書いて「おしおい」川と読むそうです。「おしおい」といえば、志賀海神社で身を清める海の砂を「おしおい」と言い、参拝する前にそれで体を清めます。志賀海神社には一の鳥居の所と拝殿の所、二か所にあります。山笠があるけん博多たい!でお馴染みの山笠の始まりに、筥崎宮の「おしおい」を取りに行く行事は今も続いています。この神水川では海の代わりに、川砂を取って無病息災を祈ったかもですね☺與止日女神社上宮の土蜘蛛と呼ばれた、もう一つの大山田女と狭山田女の考察ですがまず與止日女與止姫(よとひめ)豊姫(ゆたひめ)淀姫(よどひめ)とも記されています🐈。この人は同一人物で『肥前国風土記』や地方伝承に現われた與止姫ち比べた人は、卑弥呼の宗女で邪馬壹国の女王に即位した臺與(台与、とよ、235年 - 没年不明)あるいは壹與(壱与、いよ)です。🐈與の字が入ってるというだけで人物測定は危険ですが。甘口で測定します(笑)台与です🐈トヨとイヨは同一とされてますがなぜこのように表記されるのか台与でいいじゃないって考えてるうちに双子🐈?と頭をよぎったもんだから(笑)双子なのかは今後の課題とします。大山田女は台与狭山田女は壱与😮ありっちゃ有り(笑)この子らが国第一の神を鎮めたシャーマンと考えたほうがしっくりきました☺つぎは下無津呂の乳母神社に行きます☺山里に海神を祀る神社是非行かれてください🐈ありがとう御座います🐈
前にここにいたと戻ってきます。ちょっといい決済。すっごく日本語。(原文)Been here before and will come back. Nice little settlement.Sooo Japanese.
一の宮だそうです。
私が立ち寄ったのは佐賀市富士町上無津呂の淀姫神社で、R12を少し入り、重文の吉村家住宅に行く少し手前に有る。長閑な山村の中で、創建年号は定かではないが西暦515年頃と推定されている。祭神は豊玉姫をはじめ9名が祀られている。境内は狭く決まった駐車場はない。商店やコンビニ等も見かけなかったが、神社前には小川の神水川流れ、少し下流では渓流釣りも・・。 なお、境内の樹齢300年の銀杏と280年のムクの木は佐賀の名木に指定されている。
淀姫神社と言えば鯰様。鯰像が素敵すぎる。欄干の飾り紋、ムクノキ、境内前を流れる清流にも惹かれた神社でした。
| 名前 |
上無津呂淀姫神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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佐賀大和あたりから淀姫神社たくさんありますよね。地元の方が綺麗に手入れしてるみたいです。厳しい自然の中で生活が溶け込んだ感じの集落風景と神社はセットですね。