赤い鳥居の大門稲荷、御利益満点!
大門稲荷社の特徴
可愛く飾られた赤い鳥居が目印です。
大門の商店街沿いでアクセス良好な立地。
御利益がありそうな神社として評判です。
だいもんいなりしゃ。朱色に塗られた砲弾と稲荷神社の不思議な組み合わせ。商店街道沿いの両隣りを建物に挟まれた敷地に社が建っており鳥居の傍に砲弾(二十八センチ榴砲弾)が置かれています。神社に砲弾がある事は珍しい事ではなく全国数多くの神社仏閣に奉納砲弾が存在するそうです。主に日清戦役・日露戦役の戦利品として各方面に奉納、払い下げられた物が多いらしくこの砲弾もそういう経緯の物ではないのでしょうか。祀られているのは伏見稲荷より勧請された稲荷大神である宇迦之御魂神。御利益は商売繁盛、家内安全など。
可愛く飾られている。
商店街にある稲荷神社😄御利益がありそうですねぇ😊
津市の夜の飲食店が集まる大門にひっそりとある稲荷。稲荷さんなので狐が居るのは普通ですが何故か日露戦争の203高地を攻めた時の残った砲丸が赤く塗られて鎮座しています。道路に飛び出した鳥居⛩も尋常じゃない。地域の人々に守られたお稲荷さんであるのが分かります。
28センチ榴弾砲、硬鉄彈28センチ榴彈砲 硬鉄彈(鋳鉄製で弾頭部を焼き入れした。)(日露戦争、旅順攻略で使われた砲弾の種類)だと考えられます。28センチ榴弾砲は、東京湾などの海防のため、1884年から大阪造兵工廠で製造された海岸砲です。口径が28センチあり、榴弾砲特有の曲射により軍艦の水平装甲甲板を打ち破ることができました。日露戦争の旅順攻略戦において、乃木将軍率いる第三軍は、三個師団約51,000名による第一次総攻撃(明治37年8月19日-24日)を歩兵の突撃による強襲法で行い、戦死5,017名、負傷10,843名という大損害を蒙りました。(ロシア軍の被害は戦死1,500名、負傷4,500名)つまり第三軍は5日で、ほぼ一個師団分壊滅の損害を出したことになります。そこで、本来海岸砲であった28センチ榴弾砲を旅順攻略戦に持ち込み攻城戦重砲として使用しました。しかし、本砲弾は軍艦などの硬い目標物用の砲弾であり、地面に着弾した場合不発になることが危惧されましたが、堅牢なべトンの砲台や建築物には効果があると考えられ搬入されました。(旅順要塞攻略後、要塞内には28センチ榴弾砲の不発弾がたくさん並べられていたようです。)二〇三高地の戦いを含む旅順攻囲戦では最終的に18門が投入され(徒歩砲兵(重砲兵)により運用)、延べ16,940発が発射されました。砲 諸元10,758 kg (砲身重量・閉鎖機共)33,600 kg (放列砲車重量)全長 2,863 mm口径 280 mm仰角 -10 ~ +68°旋回角 360°初速 142~314 m/s最大射程 7,800 m砲弾 緒元堅鉄弾 (重量 217.66 kg)堅鉄破甲榴弾 (重量 224.0 kg)九八式破甲榴弾 (重量 221.0 kg)二式榴弾 (重量 218.0 kg)参考文献: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
大門稲荷(≧▽≦)
大門の商店街に入って行く道のうち、伊勢街道より一本南の道を、国道23号から東に入ってしばらく歩くと、左手に赤い鳥居があります。鳥居の脇には、日露戦争時代のものという説明書きがある大砲の砲弾が、赤く塗られて置かれています。その奥には、狐の像があり、お社があります。お社の中には、「稲荷大神」と書かれた提灯が吊るされており、沢山の狐の置物の他に狐のお面が置かれていました。商店街のビルの隙間にありますが、独特の雰囲気で存在感があります。
| 名前 |
大門稲荷社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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三重県津市大門の飲食店が並ぶ界隈に有る神社です。国道23号線南行き車線沿い、センターパレス北側、蜂蜜まん本舗北側、安全タクシー乗り場がある通りを東に入った先です。建物と建物の隙間の様な所に赤い鳥居が建っています。鳥居が並んだ先に社殿が、参道途中に赤く塗られた日露戦争当時の28センチ瑠弾砲弾が置かれている他、稲荷社だからか参道の両脇に木をくりぬいた可愛いキツネの絵が置かれています。キツネの絵は鳥居にも吊るされていました。