関門海峡のいにしえ灯台。
旧金ノ弦岬灯台の特徴
日本遺産の関門海峡に位置し、歴史を感じる灯台です。
ブラントンが建築した灯台で、その文化的価値が高いです。
彦島の南端には『金の弦岬』があり、自然の景観も楽しめます。
【関門″ノスタルジック″海峡No.38】26年5月5日再訪「旧俎礁標(きゅうまないたしょうひょう)」(旧金ノ弦岬灯台)国指定重要文化財(建造物)附(つけたり)本日はノスタルジック気分♪ランチ後、腹ごなしに再度いにしえの灯台へ💨霊園の駐車場横に自転車を停めて、みおろしビューポイントへ向かいます。そして。な、なんと!昨年、立ち入り禁止🚧だった看板が無くなっており、礁標へ向かう石階段へのアクセスが可能となっております‼️あゝ!これは嬉しい!早速、灯台の袂へGO💨ようやく間近で拝見する事ができました✨青い空と海に、いにしえの灯台が映えております✨爽やかな風と共に、のんびりとノスタルジック気分に浸る事が出来ました。いい時間を過ごせました♪ありがとうございましたm(_ _)m☆☆☆☆⇨☆☆☆☆☆(Rev.A)---2025年訪問時⇩---【関門″ノスタルジック″海峡No.38】「旧俎礁標(きゅうまないたしょうひょう)」(旧金ノ弦岬灯台)国指定重要文化財(建造物)/通常非公開霊園の奥に柵があり立入は出来ませんが、そこから礁標の一部が確認できます🍀---明治4年(1871年)、関門海峡の岩礁の上に初めて設置された礁標(しょうひょう)との事。そして、灯火の技術が進歩し改変を重ね、灯台としてこの地へ移築されたとの事です。尚、明治期の礁標を再利用した灯台がある事は、最近まで知られてなかったそうで、100年の時を経て明らかになったとの由😲国内初の近代礁標3基のうち、改変・移築しながら現存するのは、この灯台のみとの事で、貴重な日本遺産となっています🍀他、令和2年12月に国の重要文化財となった、六連島灯台(むつれじまとうだい)の附(つけたり)として名称を「旧俎礁標」に改称したそうです。
早朝に訪問。港への船の往来も多く、昔は岬から多くの船を見守っていたんだな~🌠
「本州の端っこ」「1871年の灯台」彦島を本州とみなした場合、方位ではなく地形として本州最南端と言える場所です。下関市の最南端でもあります。灯台(礁標)は墓地の崖下に建っています。朽ちた展望台から観られますが近づくことはできないようです。【駐車場】墓地駐車場共用#letsguide
国内で最初に関門海峡に建てられた礁標。国の指定重要文化財に指定されています。敷地内への立ち入りはできません。
2003年9月に訪れました。彦島は道が次々と分岐していて迷路のようです。やっと海が見えたら造船所の跡地が広がっています。ウロウロしていたら近所のおじさんがやってきて、山底ノ鼻灯台は去年の夏に撤去されたと教えてくれました。がっちょん。残る2灯台はまだあるはずだと言うので、気を取り直して走り始めます。海岸に出て潮の引いた岩場を歩いていくと金ノ弦岬灯台に到達しました。小さいながらも石造りの素晴らしい灯台です。暫し休憩して愛でていると灯籠の中にレンズが見えません。どうやら既に廃止されたようです。海岸に沿って走っていくと道は砂利採掘場で行き止りです。ウロウロしていたら犬の散歩をしていたおじさんが、大山ノ鼻灯台はこの夏に撤去されたと教えてくれました。マヂかよ、タッチの差だ・・・。結局、彦島南岸の3灯台は全て廃止になっていました。
2023年4月26日彦島南霊園から行けるのかと思いましたが、立入禁止で灯台の頭の部分しか見えませんでした。浜辺の方に回り込みましたが海の中に入ってまで行く気にはなれず断念。間近で見たかったですね。
霊園側からは立ち入れなくなっているため西側の海岸から岩伝いに辿り着きました、思っていたよりも簡単に10分くらいで灯台に辿り着けました。灯台の役割は終わっていても歴史的な建造物の威厳を感じました。
明治4年に建てられた礁標を再利用して造られた灯台。貴重な遺産。平成12年に役割を終えている。
思ったよりも小さい。
| 名前 |
旧金ノ弦岬灯台 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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石作りの灯台です。一般的な白い灯台と違いレトロな雰囲気があります!写真はパークランド跡から撮ったものになります。いつか行く時があれば近くの写真も投稿します。