遍明院で心静まる瞑想体験。
遍明院(秋穂八十八箇所霊場 二十八番札所)の特徴
第28番札所の遍明院で瞑想(マインドフルネス)教室が開催されている、
本尊は阿弥陀如来で、もと祇園町の観音堂から移された歴史ある寺院、
境内は静かでゆったりと参拝でき、住職の人柄に癒される雰囲気が魅力、
遍明院(へんみょういん)は、永禄5年(1562年)ごろ秋穂飛騨守盛治が建立した寺院といわれています。代々仕えた大内氏四代(政弘公、義興公、義隆公、義長公)と自分の両親である秋穂因幡守盛光と椿姫の位牌を寺屋敷に祭ったのがこのお寺のはじまりです。当初、父の名前にちなみ「盛光院」としていましたが、後に毛利輝元の奥方 清光夫人と同音になることから「遍明院」と寺号を改めました。父である盛光は、毛利元就の周防・長門侵攻に対抗した義長公に従い兵を挙げ、敗北した人です。遍明院には「秋穂八十八箇所霊場」を開かれた性海法印と善心法師を祭ってある開山堂があります。性海法印は、寛保2年(1742年)秋穂浦に生まれました。8歳のころ遍明院に弟子入りして「性海」と名付けられました。幾度となく四国八十八箇所を巡拝し衆生済度を願っていましたが、天明3年(1783年)四国八十八箇所を秋穂に勧請することを発願します。檀家の戎屋作右衛門を供に連れ四国八十八箇所の御符と御砂を受けて持ち帰り、秋穂の各所に八十八箇所の霊域を定め、御符と御砂を供えて札所としたのが秋穂霊場のはじまりです。お供の戎屋作右衛門も遍明院役僧となり「善心法師」と名付けられました。
先日遍明院さんの瞑想(マインドフルネス)教室に参加してきました。奥田住職の導入がとても上手でこの雑念だらけの私も自然と無の境地へと導いて頂けました。また、個人的に今後お墓の事などで不安を持っていた私にとってとても分かり易く、丁寧に様々な選択肢をお示し下さり思わず将来猶不安が和らぎました!いろんな作法や儀礼など等、とても難しいことばかりと悩んでましたが、本当に感謝です!是非そんなお悩みをお持ちの方は遍明院さんに足を運ばれてみては?
ストリートビューにて散策させていただきました✌︎('ω'✌︎ )
建物保持、作業中。
建物保持作業中。
境内はとても静かでゆったりと参拝できました。
先日遍明院さんの瞑想(マインドフルネス)教室に参加してきました。奥田住職の導入がとても上手でこの雑念だらけの私も自然と無の境地へと導いて頂けました。また、個人的に今後お墓の事などで不安を持っていた私にとってとても分かり易く、丁寧に様々な選択肢をお示し下さり思わず将来猶不安が和らぎました!いろんな作法や儀礼など等、とても難しいことばかりと悩んでましたが、本当に感謝です!是非そんなお悩みをお持ちの方は遍明院さんに足を運ばれてみては?
第28番 下村 遍明院本尊:阿弥陀如来この札所は、もと祇園町の観音堂におかれていたが、のちに遍明院に移された。遍明院はもと盛光院と称し、秋穂氏最後の飛騨守盛治が、主君大内氏と両親の菩提所として建立。永祿5年(1562)の位はいが現存している。はじめ境内地は下村公民館北、墓地隣にあったが、安政5年(1858)現在地に屋敷替えした。この寺の8代目性海法印がその弟子戎屋作右衛門とともに、秋穂八十八カ所を開いたことは既に述べた。文政2年の古地図によると、旧屋敷に既に開山堂が出来ていた。現在の遍明院にある開山堂は、現住職奥田高導師によって再建された。遍明院はもと正八幡宮の別当坊であり、法衣姿の八幡大菩薩像他2体の仏像と、宝物の「紺紙金泥の法華経8巻(現在県の重要文化財)」がこの寺に保管されている。四国霊場の本尊は大日如来である。
住職の人柄にとても癒されました。
| 名前 |
遍明院(秋穂八十八箇所霊場 二十八番札所) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
083-984-3358 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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秋穂八十八箇所霊場28番札所 ご本尊如意輪観世音菩薩がおいでになって居られます お堂は遍明院本堂 右隣にあります 本堂のご本尊は阿弥陀如来がおいでになって居られます。