戦国の遺構が響く、丁野山の魅力。
丁野山城跡の特徴
犬走から20分ほどでアクセスできる、便利な登山口があります。
残された堀切や横堀が、歴史の痕跡を直接感じさせます。
越前朝倉氏が陣取った戦国時代の遺構が、見学しやすく整備されています。
登城道が整備されてる👌縄張図付の説明板🪧が建ってる👏横堀♬ぐるりに堀切♪切岸♪🙌琵琶湖に浮かぶ竹生島まで見えた中島城ともども 真夏でも草刈りされてる素晴らしき城跡でした👍️標高169m、比高70m
朝倉氏が浅井氏救援のため布陣したとされる城ここより撤退した際の織田軍の追撃で朝倉方が壊滅したと言われている谷田神社より登ったが20分もかからず登れた犬走あたりは藪が目立つが堀切や横堀ははっきりしており案内板もあるので見学しやすい。
横堀、堀切、櫓台などの遺構がよく残っています。登城道も整備されています。
☆丁野山=読み方「ようのやま」JR河毛駅待合室に地元名跡・史跡の案内やパンフレットが沢山貼ってあります、その中に「丁野山城・中島城説明図」と地図発見👀浅井・朝倉勢vs織田勢攻防の地、浅井/小谷城に織田/虎御前山城、どんな城(砦)か興味津々、駅から登城路入口の谷田神社まで約15分🚶標高169m、西方の眺望も良く思った以上に土造りの縄張が残ってます❗️南に布陣している織田軍に備えて、南向きに堀切に竪堀で土橋と喰い違い虎口構築、凄くコンパクトで主郭自体には土塁の普請跡なし、周囲に帯曲輪と土塁あり🤔元は永正15年(1518)、浅井備前守亮政が築城した古砦、1570年織田信長と浅井長政決裂し姉川合戦で敗北、元亀3年(1572)織田勢が横山城攻略し虎御前山に築城、浅井・朝倉勢も対抗し丁野山城を改築防御強化、小谷城攻防戦の際には朝倉勢の平泉寺玉泉坊・堀江甚介が越前から来援着陣した地、織田軍により天正元年(1573)8月に陥落🐎
小谷城攻防戦では浅井氏の応援にかけつけた越前朝倉氏の部隊が陣取りました。5歳の男の子でも登れました。初級の山城です。
戦国時代に作られた空堀や堀切等の遺構が良好に残っている。
| 名前 |
丁野山城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ようのやまじょう。中島城跡の駐車場(F744+633 長浜市)を利用して、大鳳山砦と中島城跡を巡った後で散策しました。堀や土塁がよく残っていて、コンパクトで技巧的な縄張を満喫できます。駐車場からの往復(大鳳山砦と中島城跡を含む)で、時間約40m、距離約1600m、比高123mでした。