大洲城観覧後の特別体験を!
忠魂碑の特徴
大洲城を観覧した後に訪れる歴史的なスポットです。
愛媛県大洲市にある忠魂碑は歴史を感じさせます。
想いを馳せる場所として訪れるのにぴったりです。
大洲城を観覧してきました。この忠魂碑は、二ノ丸西角の玉櫓跡に建立されています。この場では、何のためのものか分かりませんでしたが、調べてみました。日露戦争で出征し、亡くなられた方々の慰霊碑とのことでした。以下はあるブログ主様の引用他となります。(ありがとうございます)忠魂碑当時、愛媛県の県都松山市には、日本陸軍の「歩兵第22連隊」が建軍されていました。「伊予の肉弾連隊」と畏怖された精鋭部隊であり、日本軍屈指の戦歴を挙げています。ですから、「旅順攻囲戦」や「奉天会戦」に参戦された戦死者の慰霊碑ということになります。碑文を書いたのは、一戸兵衛(イチノヘヒョウエ、弘前藩出身)で、当時は同じ第3軍に所属し第9師団隷下の第6旅団長でした。小説「坂の上の雲」で一戸は、次のように登場してます。『この乃木軍の下ではたらいている師団長や旅団長といった将官級で、うまれついての将才と軍人としての資質をもっていた一戸兵衛(少将、旧津軽藩士)は、金沢の第6旅団をひきいて攻城に参加し、いわゆる一戸堡塁をうばいとった人物だが、その一戸でさえ(さえというのは一戸は古武士的風格という点で乃木と共通した性格をもっていたことをさす)乃木をひそかに批判し、「あの旅順包囲の期間中、私は前線で戦いながら、なぜ軍司令官(乃木)はこうも状況に適しない、わけのわからぬ命令ばかりを、だすのだろうか」と、おもったという。(文庫本第4巻217ページ)』この忠魂碑に使われた石の風情、彫刻文字の迫力、碑文者の選定、どれをとっても、当時の大洲人の見識の高さが偲ばれるような気がしました。
| 名前 |
忠魂碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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2022/3/21来訪。玉櫓跡にこの忠魂碑はあります。特に解説などはありませんが、忠魂碑は全国各地にあるので同じ意味があるのではないかと思います。