静寂の中、風鈴響く高忍日賣神社。
高忍日賣神社の特徴
日本で唯一、産婆・乳母の祖神を祀る神社です。
風鈴や風車が飾られた涼しげな癒し空間です。
コンパクトな境内で安産祈願も行いやすいです。
たまたま見つけた神社でしたが、とても良かったです。神殿前に並べられていた風鈴が良い音を響かせていました。
以前から一度、伺ってみたくてこの時期に参拝しました。風鈴の音と回廊を吹き抜ける風、敷地内の木陰が涼しさを感じさせてくれるとても素敵な空間でした。暑さ対策のために境内に設置いただいているミストが暑さを和らげてくれます。神社の方に時間をいただいてお聞きする歴史についてのお話もとても、興味深く伺いました。是非、また伺いたいです。地域の住宅に近い場所にありますので、車は気を付けられるといいと思います。
約1,000個のカラフルな風鈴と風車が飾られる圧巻のビジュアルは、このエリア随一の夏の風物詩。太陽光でキラキラと輝き、風が吹くたびに涼やかな音色が境内に響きわたり、暑い日でも心が癒される特別な空間です。毎年7月初旬から9月頃までの限定開催なので、この時期だけの幻想的な眺めと涼やかなひとときを堪能できます。
日本にここにしかない神社。産婆・助産師さんの神社。パワーのある神社でした。
駐車場がどこかわからなくて彷徨いましたが、駐車場に入る前の道がとても狭くて、一度通るのを断念しバックで戻り、再度挑戦😅通れますが対向車が来たら‥ぶつけたら‥と思うと本当にひやひやしました。暑い日でしたが神社の中は不思議と風がよく通りたくさんの風鈴がとても綺麗な音色を奏でていました。かなりの数があり圧倒されます。神社を出て少し歩いたところに綺麗なひまわり畑もあります。
虫干し祭に行ってきました。いろんなイベントが行われており🌺HAWAIIANダンス・三味線・愛媛プロレス😆内子町の立川神楽とても良かったです。来年も楽しみです。しいて言えばもう少し出店があったら良いのになぁ😊
風車と風鈴🎐大きなクスノキもあり静かで涼しくて癒される空間でした。8/15に行くと、近くでひまわり🌻が咲き誇ってました😆
落ち着いた良いところですね。高忍日賣神社は全国で唯一、産婆(助産師)・乳母の祖神さまでいらっしゃる高忍日賣大神を奉斎しています。古来、安産・子育て・縁結び・子授け・厄除け・開運の神として有名で、その広大無辺で慈愛にあふれる御神徳は、愛媛県内はもとより全国的にも広く崇敬されています。(高忍日賣神社の紹介文より)
「松前町:高忍日賣神社」2024年6月に訪問しました。風鈴や風車が美しい神社と聞いてやってきたのですが、それ以上の収穫がありました。この神社の祭事である高忍日賣大神様は助産師の御祖神(みおやがみ)として、子どもたちが帰ってくることを楽しみに待っているとのことです。毎年3月8日「母子と助産師の日」には全国各地から助産師が集まり、「安産福運大祭」が盛大に執り行われるそうです。母と子に関するご利益が多い神様のようで、助産師特別祈願・縁結び祈願・子授け祈願・安産祈願(帯祝い)・初宮詣(お宮参り)七五三まいり・厄除け祈願・神前結婚式・子育て祈願・交通安全(車祓い)・年祝いなどなど多くの祈願が母子に関することに関係しています。風鈴回廊があり、多くの風鈴が風になびいていい音色を奏でています。ここを「おどうめぐり めぐりや」と唱えなが3周すると若返りや延命長寿にご利益があるそうなので、皆さんも是非。
| 名前 |
高忍日賣神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
089-989-6238 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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高忍日売神社(たかおしひめじんじゃ)。愛媛県伊予郡松前町徳丸。式内社(小)、旧社格不明。【祭神】高忍日売神(たかおしひめのかみ) (配祀)天忍日女命 天忍男命 天忍人命資料によると、記紀に記載はなく、当社には固有の神話がいくつか残る。初代神武天皇の父・日子波限建鵜葺草葺不合命が生まれる際の伝承である。『古事記』とはだいぶ違う。日子穂穂手見命と豊玉毘売命とが仲睦まじく船で海を渡る際に、妻神が急に産気づき近くの海岸で産屋を建てて、出産することになった。そこで、鵜茅(うがや)で産屋を葺いてその中で出産するが、海から多くの蟹がはい上がり、産屋まで入り込み、大変な難産になった。豊玉毘売命が「高忍日賣大神」と一心に唱えると、高忍日賣大神が顕現し、天忍日女命と天忍人命と天忍男命を遣わされた。天忍人命と天忍男命には箒を作って蟹を掃き飛し、天忍日女命には産屋に入って産婆の役目をした。これにより始めは難産だったが安産となり、産屋が葺きあがらないうちに無事男児を産むことができた。当社の御祭神は産婆・乳母の祖神、また、箒(ほうき)の神として多くの人々から崇敬された。現在も、皇室でお産がある場合、当社に安産祈願がお願いされる。創祀年代は不詳。『伊予国風土記逸文』には聖徳太子が道後行啓の折に伊予郡を巡ったとあり、当社に参詣して神号扁額を奉納したという。奈良時代には、当社が開発領主となって付近一帯を開墾して神社の前を三千坊、後ろを千坊と称して境内八町余に及び、広大な神域を形成していた。また、神職の中には国府の役人を兼ねる者がおり、中央とも盛んに交流がなされ、伊予郡の文化的拠点ともなった。平安時代には、『延喜式神名帳』の他、『伊予国神名帳』にも記載され、正三位の神階奉授があり、「高押穂明神」とも称された。鎌倉時代には、「高忍日賣若宮八幡宮」と称して武家の信仰を集め、特に源頼朝から幕府繁栄・安産の加護のため、神領76町が寄進された。また、当社の北東(鬼門)と南西(裏鬼門)にある夷子社では月3回の市が開かれ、三斎市と称して多くの人々で賑わった。社家は大神主・大宮司を中心に武士団を形成して幕府御家人として活動し、南北朝時代には、南朝方に属し、後村上天皇から勅使左少弁が遣わされた。また、全国で唯一高忍日賣大神を祭祀する故をもって、正一位の神階と「全国唯一社」という称号とを朝廷から贈られた。境内の古井戸は旱魃にも涸れることがなく、この湧水を飲むと子宝に恵まれるとされ、女性に信仰され続けている。境内社に、「うぶすな様」と親しまれ、「円満石」と呼ばれる丸石を持ち帰ると願いが叶うといわれる産砂神社がある。また、素鵞神社・若宮八幡宮・上市夷子神社・金刀比羅宮・徳丸天満宮・生目八幡宮・天照皇大神宮・奈良原神社・下市恵美寿神社などがある。境外社に、建速須佐之男命・櫛稲田姫命・大国主神を祀る大字中川原と大字大間に二つある素鵞神社、大間素鵞神社境内に火防大明神社、奈良原神社、塞神社、後藤神社(後藤大明神)がある。とあります。