小さなトンネルくぐって、鴎島の伝説へ。
馬岩の特徴
義経が白馬をつないでいた歴史を持つ岩です。
鴎島の岩は義経の伝説が残る特別な場所です。
寒さと飢えで馬が化石になった神秘の地です。
2025·R7.8.8 初訪問です。最初に···悠久のロマンを受け止める広い心で眺めて頂き、"何だこれ"と思う気持ちはそっと横に置いてください。『江差に渡った義経は、この地で首長であるシタカベのもとに身を寄せている。フミキとの恋に悩んだ義経はある夜ひそかにこの地を離れる決心をした。弁慶をはじめとするお供の外は日頃愛馬として乗り親しんだ白馬であった。この白馬は義経が蝦夷地をめざして有馬の浜(津軽三廐)までやってきた時、津軽の海が荒れていくら待っても波が静まらないので、義経が日頃信仰している観世音菩薩に三日三夜の祈願をした満願の夜に現れた白髪の老人から、渡海のために貰った三頭の白い竜馬の内の一頭だった。義経はシタカベから夷船を譲り受けると、それによって蝦夷島の奥地へ向かおうとした。義経は有馬の浜で不思議な老人から譲り受けたこの白馬をどうしても夷船に乗せることができなかった。そこで江差に残して行くことにして、別れを惜しんだ後白い竜馬を鴎島の島陰につないでおくことにしたのだった。義経主従一行が江差を去った。しかしその後もこの白い竜馬は、雨の日も風の日も義経の帰りを待ちわびていたが、義経はついに帰ってくることはなかった。白い竜馬は、いつしか白い岩と化してしまった。しかし、その姿はまるで生あるものの如く、首を上げていなないているかのように見える。後世の人々は、いつしかこれを馬岩と呼ぶようになった。鴎島に堤防を渡り切り、つき出た岩穴の道を通り抜けて蛭子浜から西を望むと、さながら生あるものの如く見える白い岩がそれである。遠くから見ると頭部もごくうすく、岩壁にへばり附いたように見えるが、舟に乗って近づいて見ると、全て離れた馬の姿に実によく似た形をなして水面に坐している。夏などは鴎島の岸を左折して岩伝いに歩くと、近くまで行ってみることができる。「民話・伝説・史話 -江差百話-」より引用』鴎島の東側、内海の"えびす浜"に面した波打ち際に、白馬が首を上げ いなないているかのように見える岩があります。かつて奥州平泉から源 頼朝に追われた義経が、いっとき江差に逃れ住んだ後、葦毛(白い毛)の愛馬を鴎島に残して再び出発したのですが、馬は海辺を離れずにやがてそのまま石になってしまいました。それがこの"馬岩"だと伝えられています。
馬岩の方に行くには、小さなトンネルをくぐっていきます!対岸から?見る形になります、本当に馬の形に見えるならおもしろい〜🪨🐎
義経が津軽の三厩で白髪の老人にもらった白馬はこの鴎島に残され、岩になって主を待ち続けている or アイヌたちに追われた義経がここまで逃げ延びて、この岩に馬をつないでいたところ、馬は寒さと飢えで死にそのまま化石になった。
近くまで行くことはできません。国道から鴎島に向かって車を走らせた行き止まりに、鴎島の観光看板がありますが、その看板に馬岩の位置が記されていますので、そこから見て下さい。伝説で、津軽海峡を渡って江差にやって来た源義経が、さらに北へと逃れようとした時、残された愛馬が岩になったものだとされています。江戸時代に描かれた鴎島の絵図にも馬岩が描かれています。
| 名前 |
馬岩 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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岩にぽっかり穴が開いていて、どうしてもくぐりたくなりました。もし気づいた方は行ってみてください。クグルと馬岩が見えますがコレは特に馬っぽくなくよく分からない岩です。