急な階段、極楽浄土への道。
極楽寺 本坊の特徴
330段の急な石段を登ると、本堂で極楽浄土のような景色が広がります。
四国三十六不動霊場第23番の石鎚山極楽寺で、霊験高い体験を味わえます。
歴史ある役行者の修行の地で、深い信仰心を感じることができる場所です。
お盆の 万灯会 幻想的帰りの階段は 暗くてちょっとキケン。
四国三十六不動霊場巡りで訪問しました。本堂までは、非常に急で長い階段があり、まさに修行の場です。一応車で本堂まで行けますが、こちらも急な坂道なので、実質軽自動車専用です。修行と割り切って階段を登りましょう。納経は、麓の別院で頂けます。
極楽寺(ごくらくじ)は、愛媛県西条市大保木に位置する石鎚山真言宗総本山の寺院です。山号は九品山(くぼんざん)で、本尊は阿弥陀三尊と石鎚蔵王大権現です。石鎚山信仰の根本道場として、約1300年前から山岳宗教の修験道場としても有名です。西暦680年頃、役行者神変大菩薩が石鎚山(標高1982米)に入山し、龍王山に籠り、不動ヶ滝で修行を積みました。そして、阿弥陀三尊と石鎚蔵王大権現を本尊とする天河寺(てんがじ)を開きました。天河寺は平安時代から室町時代にかけて隆盛を極めましたが、室町時代末期の戦火で焼失しました。その後、弟子の宥法師が新たに堂宇を建立し、極楽寺と名付けて法灯を守りました。極楽寺は二度の火災に見舞われましたが、権現像は無事に守られ、現在も護摩焚きが行われています。2014年には失われていた両脇尊「龍王吼(りゅうおうく)蔵王権現」と「無畏宝吼(むいほうく)蔵王権現」が新調され、三体が揃いました。境内には本堂、六角地蔵堂、八大龍王社、鐘楼堂、光明真言義民堂、庫裡客殿などの伽藍があります。また、別院エリアには蔵王殿、大師堂、金剛閣、聖天堂、浄心堂・清龍堂、三帰庵、滝行場などがあり、多くの行事や修行が行われています。毎年2月3日と5月3日には火渡りが、8月12日にはお盆万灯供養会が行われ、12月冬至の夜には加茂川で水行が行われます。
石鎚山行く途中見つけたので帰りに立ち寄りました。まさか階段があんなに急だったとは!登っても登っても階段が続きました。着いたら綺麗なお寺でした。お迎え童子さんは、別館にいらっしゃいました。奥の院天河寺、石鎚蔵王大権現、八代龍王、四国36不動霊場等の御朱印がいただけます。ぜひ、立ち寄って階段登ってみてください。
主要道の駐車場から階段で上がるか遠回りでも歩道で上がるか、本坊前にも駐車場がありました。階段はかなりの数です。中門で終わりかと思うとまだ先がありました。境内は広くよく手入れされています。5月に訪問、ゆっくりと境内を周り景色や新緑を楽しめました。行きは階段、帰りは遠回りの歩道を利用。歩道は途中にお地蔵さんがあるのでお参りしながら別院まで降りました。
星供養・星まつり今年は小雨の降る中、参加させて頂きました。10数年前よりご参拝させていただいてます😁
古くは役行者が山岳修行をした場所。石鎚山の頂きに建立されています。修験道や36不動霊場の寺院です。何と言っても、神仏習合なのがとても興味深いですね。
階段が半端無い⤵️⤵️しかし、その先には極楽浄土があるかもです。
旧小学校方面から本院 別院と車で回りましたが道が細いです。七福神の御朱印いただきました。
| 名前 |
極楽寺 本坊 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0897-59-0011 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 7:00~17:00 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
極楽寺は九品山浄土院という。本尊は阿弥陀如来である。いま、「極楽寺縁起」によって当寺を紹介すると、「石鎚山の根本道場であった天河寺が、室町時代末期には兵火によって炎上し、焼失するに至ったのであるが、康永元年(1342)、細川頼春、大軍にて天河寺に陣を敷くとの記録もあるので、諸々の事情により、遂に炎上したものと考えられる。瓶ヶ森に祀られていた石鎚蔵王権現を、天河寺より拝し、且つ、修業のため登拝していたが、天長5年(828)、今の石鎚山頂に遷座して今日に至っている。瓶ヶ森が石鎚権現の山の時代には、天河寺が常住としての役割を果していたものと思われる。天河寺炎上の折、行善大徳は、その高弟脇法師に対し「阿弥陀三尊を奉持して、直ちに下山し、天河寺山麓に、天河寺の法灯を継承する道場を構え、役の行者の御心を体し、爾今、庶民信仰を中心とした道場とせよ」と命じ、自らは炎の中に遷化せられた。有法大徳は大保木の地に、天河寺が仰ぎ見られる場所を探し、堂宇を建立して「極楽寺」と名づけ、天河寺の法灯をそのまま継承するに至った。その後数年を経て、天河寺跡地の北より、「中央石鎚金剛蔵王大権現」の御尊像を発見し、極楽寺に「蔵王殿」と奉安され、千三百年の歴史を秘めて、今日に伝わっている。天河寺は、この時以来寺号を廃し、石鎚山の総鎮守、八大龍王も極楽寺に奉安し、役の行者の御作仏である「波切不動明王」と共に祀られて、今日に至っている。昭和27年、宗教法人法の定めるところにより、「石鎚山真言宗」として、未考、教会50有余を持つ総本山として現在もある。本坊には阿弥陀三尊を本尊とし、八大龍王を鎮守として祀られ、護摩堂には、石鎚金剛蔵王大権現をご本尊とし、波切不動明王をはじめ諸仏が祀られ、全国に信徒10万余名を有し、法灯は日夜輝いている。」と。以上が「極楽寺縁起」の要約である。境内に「銀納義民」の記念碑があり、寺に義民の位牌を祀る。当寺に一柳直頼(頼徳)公の筆跡額一面を蔵する。義民の一人である大保木村庄屋髙橋平左衛門の墓は、当寺より数百m西南にある。本坊へ登る石段横に別院があり、力持用の「力鐘」(一人用・二人用)が置かれている。天河寺時代よりの寺とされている「坂中寺」の本尊は、千手観音、黒瀬の光昌寺は十一面観音で、現在、共に極楽寺の末寺となっている。