綱掛岩の絶景、夕焼けが魅せる。
綱掛岩の特徴
夕やけこやけラインからの夕日は壮観で美しいです。
越智玉澄に由来する歴史ある神社で、航海安全を祈願しています。
綱掛岩は穏やかな海と幻想的な風景で心を癒してくれます。
令和6年1月5日佐田岬から香川に向かう途中、夕焼け小焼けライン(国道378)で何かあるなと休憩つでに止まってみました。手前にライオン岩がありそこでも止まりたかったのですが、スルーしてしまって、戻るのもめんどくさいのでここで休憩。朝方小雨が降っていたのですが、その後晴れて、穏やかな日でいい感じでした。次はライオン岩も見てみよう。
綺麗な水の瀬戸内海ですねー!透明度🫥は素晴らしい👍です一見の価値有り!そして、謂れのある岩にしめ縄がいい!是非天気の良い日におすすめ‼️ドライブ、サイクリング、ツーリング、ロングトレック全て⭕️
あの歩くパワースポットSHOCKEYE氏も訪れています。確かにパワーを感じることができます。背後には国道を走るトラックも通過しますので細心の注意を払って。その自動車のパワーもひしひしと背中で感じます。5月21日の日没に合わせて訪問しました。太陽の光の道が鳥居の中を通るのでそれを見たくてこの時にしました。路肩の広くなったスペースに停車して撮影は国道の路肩にて。夜間は真っ暗になることが予想されるので反射板やライトなど安全にも考慮して、くれぐれも走行中の自動車に迷惑のかからないように気を付けたい場所です。
綱なのか網なのか言葉のブレがありますが…正しくは「綱掛岩(つなかけいわ)」だそうです。海がちょっと荒れ気味の方が、豪快さがあって写真のモチーフとしてはいいかもしれませんね。
道端から見下ろすことしか出来ませんが、ガードレールはあるものの、それなりの高さがあり、高所恐怖症の私は足がすくみました。また、直ぐ後ろを車が高速で通り過ぎて行くので要注意です。
青空に映えます。綱が岩の周りにかけられています。天平12年(西暦740年)現在の北九州の役人藤原広嗣が反乱を起こしたときに、伊予の国(愛媛県)の領主だった越智玉澄が反乱を鎮めに行く途中突風にあい、櫛生の浜に船を留めた。そのときのともづなを掛けた岩を「網掛け岩」といいます。(ウィキペディアより)
自分は13時に来ましたが、写真を撮るなら夕方がいいと思います。
景色もよく、風も気持ちよく、眺めも昼夜で幻想的に変わります。
とても美しい風景です。岩の上の赤い鳥居は初めて目にしたときにはとても神聖な感じがしました。なぜか写真が全て無くなってしまったのでまた撮りに行きたいです。
名前 |
綱掛岩 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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「大洲市:綱掛岩」2024年7月にバイクツーリングで立ち寄りました。瀬戸内海に浮かぶ綱掛岩と鳥居が見事です。調べてみるとエピソードがあり、今から1200年以上前、この岩に縄を垂らして鳥居を建てたという伝説があります。伝説によると、天平12年(西暦740年)に伊予の国主・越智玉澄(おちたますみ)が筑前国(ちくぜんのくに/福岡県北西部)に向かった際に、海が荒れ、船を繋ぎ止めるために綱を投げ掛けたのがこの綱掛岩で、その後、九州の藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の乱を鎮圧し、帰りにこの地に立ち寄り三島神社を建立したと伝わっています。