射手引神社で味わう古代のロマン。
射手引神社の特徴
第1・第3金曜日に日本書紀の講義を行っています。
階段の途中に社務所があり、お守りの種類が豊富です。
四季折々の美しい景色が楽しめる整備された境内です。
古代のロマンと深い歴史を感じられる名社です。古くから武勇の神様として信仰を集めてきただけのことはあり、境内にはとても力強く神聖な空気が漂っています。派手な観光地というわけではありませんが、手入れの行き届いた境内をゆっくり歩いていると、歴史の重みを肌で感じることができます。史跡巡りや神社巡りがお好きな方は、近くを訪れた際にぜひ立ち寄ってみてほしいスポットです。
森の中の清々しい神社さんです。おついたち参りで毎月お参りしています。朔日には、神社の森の榊が出されますが、生き生きして日持ちもよくとても綺麗です。神楽や獅子舞、夏のお祭りも賑わっています。
登山後の北斗宮から移動し参拝。こちらもなかなかの階段で身体にムチ打って登り参拝させていただきました。歴史を感じる美しい神社です。御朱印も快く書いてくださり、談笑もさせていただけた素敵な宮司さんでした。
まさに弓を引いてる神社名から気になっていて、今回の旅でようやく訪れる事ができました。やや階段を上がりますが、なかなかに雰囲気のある社殿でした。降りてきてから御朱印をいただきました。
一瞬「射手座?」と思える珍しい名前の神社。社務所で由緒書きを尋ねたら、慌てて印刷してくださいました💦ありがとうございます✨「矢が的に当たる」で、合格祈願の絵馬があり、宝くじも当たりそうな雰囲気でしたよ!矢を放つから、厄や災難も近寄れなさそう!駐車場、すぐ横にあります。
1760年、別の地にあった香椎宮と貴船宮を合体させた神社。この付近の道路はやや高いところにもう一本道があったり、北東に平行する道路があったりするが、この神社前にある車道は上山田線の跡。駐車場は鳥居前を左に曲がって側道を上ったところにあり、熊ヶ畑方面から来ると180度回転(小さい車でも1回では回りきれない)することになる。一番下から拝殿までは階段132段。結構キツい。御朱印、御守等は途中にある上山田公会堂のところにて。
娘が弓道部なのでここの神社の名前を知り、尋ねてみました神社の名前の由来が書いてありましたが、よくわかりませんでした…ただ、大きな木が何本もありパワースポット的な雰囲気はありました。
射手引神社は宝暦10年(1760年)11月3日香椎宮・貴船宮を合祀し現在地に社殿を改築し一社となり、社号を射手引神社と改称。黒田長政(黒田官兵衛の長男)が愛し、4崇敬した由緒深い神社でも知られています。境内に続く石段は130段あり、その途中右側に社務所があります。登って振り返ると登ってきた石段と共に嘉麻市山田の町が一望できます。山田の町が射手引神社の神様に見守られている事を感じられます。(この石段を約2時間半かけて上がりながら舞う獅子舞が見られる祇園祭が7月に行われます。今年(令和6年)は7/13-15の3日間です。)そして境内には、天高く矢を射抜く姿の神功皇后のオブジェと四柱の御神木を衛るかのような神馬のオブジェがありその作品は飯塚出身のそのだ正治さんの現代アート作品アイアンという冷たいイメージに温かいハートをちりばめた冷・温、硬・柔、そんな作品が多く、3D感覚で見ることにより隠れた部分に拘りを感じ、細部の作り込みに感動を覚えます。飯塚市を中心に、そのださんの作品を見つけることが出来ます作品は街に馴染み、市民はじめ多くの人が何れかの作品を自然と目にしているのではないかと思います。そんな作品が、ここ射手引神社にもありますので是非参拝と共に、作品も楽しまれては如何かと思います。
射手引神社は宝暦10年(1760年)11月3日香椎宮・貴船宮を合祀し現在地に社殿を改築し一社となり、社号を射手引神社と改称。黒田長政(黒田官兵衛の長男)が愛し、4崇敬した由緒深い神社でも知られています。境内に続く石段は130段あり、その途中右側に社務所があります。登って振り返ると登ってきた石段と共に嘉麻市山田の町が一望できます。山田の町が射手引神社の神様に見守られている事を感じられます。(この石段を約2時間半かけて上がりながら舞う獅子舞が見られる祇園祭が7月に行われます。今年(令和6年)は7/13-15の3日間です。)そして境内には、天高く矢を射抜く姿の神功皇后のオブジェと四柱の御神木を衛るかのような神馬のオブジェがありその作品は飯塚出身のそのだ正治さんの現代アート作品アイアンという冷たいイメージに温かいハートをちりばめた冷・温、硬・柔、そんな作品が多く、3D感覚で見ることにより隠れた部分に拘りを感じ、細部の作り込みに感動を覚えます。飯塚市を中心に、そのださんの作品を見つけることが出来ます作品は街に馴染み、市民はじめ多くの人が何れかの作品を自然と目にしているのではないかと思います。そんな作品が、ここ射手引神社にもありますので是非参拝と共に、作品も楽しまれては如何かと思います。
| 名前 |
射手引神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0948-52-0673 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 10:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
当神社は、古くは香椎宮・貴船宮と称し各々別の神社で、香椎宮は尾浦に貴船宮は柿木に鎮座あったものを、宝暦十年(1760)11月3日両神社を合祀し、現在地に社殿を改築し一社となし、社号を射手引神社と改称しました。ご祭神旧香椎宮 仲哀天皇*、神功皇后、仲筒男神旧貴船宮 罔象女神、高龗神、手力男神**古処の山麓や当地に住する羽白熊鷲***なるもの良民をさいなむ。神功皇后これを討伐されるおり難渋され給う。貴船宮の杜に休らい給いて、天手力雄命を祀り給い弓矢の加護を祈り給う。雲々の間の光と共に天手力雄命、天の射手を率いて御加勢給いて征伐かなう。神功皇后、貴船の神々に天手力雄命を祭神に加え祀り給う。後に、里人香推宮より御祭神を戴き尾浦の地に祀り奉る。(以上、社伝より)*仲哀天皇 大正4年に香椎宮の祭神に加えられた。よって、射手引神社ができた時は祭神ではない。**天手力雄命=素戔嗚尊 神功皇后は素戔嗚尊の五世孫。建御名方※の孫。五世孫は素戔嗚尊の孫の孫(四代後)のこと。***羽白熊鷲=稲飯命 大山咋神と鴨玉依姫の長男 決して悪人ではなく、父大山咋神を継いで朝倉に君臨、新興の神功皇后勢力と対立したと思われる。🌾福岡市東区にある香椎宮のご祭神は、鎌倉時代の宇佐八幡御託宣では「神功、武内、八幡、住吉」。明治の帝國地名辞典では「神功皇后、応神天皇、底筒男、中筒男、表筒男」。大正4年「神功皇后に加えて仲哀天皇を増祀」され、仲哀天皇が初登場しました。(大正8年の鐵道省「神まうで」)