千々石ミゲルの歴史と絶景。
釜蓋城跡の特徴
釜蓋城跡からの雄大な景色は圧巻で、訪れる価値ありです。
千々石ミゲルの歴史を学べる貴重な場所で、文化的な体験ができます。
展望台や橘公園城山グラウンドが整備されており、楽しめるスポットです。
城の頂上からの景色はとてもキレイでした✨
天正少年使節の一人、千々石ミゲルが出生した城跡を公園化した場所。展望台のすぐ下まで車で行けます。駐車場から石段を上がるとすぐ展望台です。模擬天守とは言え眺めは中々に良く千々石の街並み、橘湾を望むことができます。入り口としては、参道口交差点から雲仙方面へ曲がり、橘神社の車両祈祷所を目指し道なりに進むのが一番スムーズだと思います。道中狭い道を通りますのでご注意を。城跡の麓にはミゲルの父・大和守の遺言で建てられた天満宮や、軍神・橘中佐を祭神とする橘神社があります。人があまり来ないからか、天気の良い昼間には木陰に車を停め昼寝してる方がちらほら見受けられました。
くま屋弁当でお弁当を買って、雄大な景色を眺めながら、食べました。
模擬天守ですが眺望はいいですね。道は細いですが車ですぐ近くまでいけます。一段下がったところにはトイレもありました。千々石ミゲルさんゆかりのお城ですね。向かう途中、縄張りだったと思われる空堀なども見られました。
千々石町にかなり重要な歴史があった事はほとんど知らなかったので勉強になりました。展望台もキレイで駐車場、トイレ完備されていて良いスポットだと思います。夕方とかの景色も最高ではないかと感じました。
橘神社の裏手から、釜蓋[かまぶた]城跡を目指し細い道を登っていくと、行き止まりにトイレもある結構広い駐車場がある。ここに車を停めた。この駐車場から階段を上げっていくと広い野球場に出る。ここは釜蓋城の二の曲輪の跡であろうか。ここから釜蓋城[別名:千々石城]一の曲輪跡?に建つ展望台が良く見える。城跡はあまり訪れる人がいないようで少し荒れているが、見学に問題はない。一の曲輪と二の曲輪の比高は結構あるが、城跡らしい痕跡は展望台が建つ台の石垣と石段ぐらいか。ついでに言えば、「釜蓋城趾展望台」という石碑には違和感を持った。単に「釜蓋城趾」で良いと思う。釜蓋城は有馬氏族の千々石氏の居城で、有馬晴純の三男直員[なおかず]が養子なり城主となった。千々石紀員[のりかず](ミゲル)は直員の子である。千々石紀員は、父直員が元亀元(1570)年龍造寺隆信との合戦で討死し、天正五(1577)年釜蓋城が落城すると、有馬晴純の二男として大村氏を継承していた伯父の大村純忠の元に身を寄せた。そして、ここで洗礼を受け、千々石ミゲルを名乗るようになった。展望台の脇には、古びた「釜蓋城由来記」と「天正遣欧少年使節 千々石清左衛門之碑」がある。この碑の“千々石清左衛門”はミゲルの棄教後の名である。なぜ、 天正遣欧少年使節の後に“千々石ミゲル”でなく“千々石清左衛門” 之碑とあるのか不思議に感じた。因みに、駐車場から石段を降りて行くと「千々石ミゲル清左衛門供養碑」がある。こちらも見学することをお奨めする。《2023.7.19訪問》
展望台と、グランドが有ります。
釜蓋城跡展望台下の、橘公園城山グラウンドはよく整備されています。ソフトボールも出来る様になっています。ゲートボールなどをしている地元民の方々をよく見かけます。駐車場、トイレがすぐ下のにあり便利です。令和4年2月までバックネットの改修工事中です。橘神社まで来たら是非展望台迄行って欲しいです。歩くとそこそこ大変ですが、橘湾や千々石町界隈を一望出来ます。
| 名前 |
釜蓋城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0957-38-3111 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://oratio.jp/p_burari/chijiwamigerunotitigatatetakamabutazyounoatohe |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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千々石ミゲルの父が築城したお城。1577年、龍造寺隆信が島原に侵攻し、釜蓋城も落城しました。幼いミゲルは城から逃れました。城跡には天守閣風の展望台があります。駐車場あり(無料)駐車場から5分位歩きます。