大正期の魅力、滝部小学校の歴史。
下関市立豊北歴史民俗資料館(太翔館)の特徴
入場料無料で気軽に訪れることができます。
昔を感じるレトロな雰囲気の建物です。
1923年に建てられた旧滝部小学校が魅力的です。
実はピンの位置がお隣の滝部八幡宮倉庫になっております。この状態を好意的に捉えますと、『旧滝部小学校』の基礎(建物の土台)に使われる鉱滓レンガと、お宮倉庫の鉱滓レンガは同じ『八幡製鐵所』のレンガを使用しており、兄弟建築といえば言い過ぎですが、それに近いと言え、そのせいでピン位置がズレているのではないかと思います。(八幡宮倉庫のほうが年上です。)え?違うって?この場所に行くためのGoogleマップのルート案内では、建物の裏手にある『豊北体育センター』駐車場へと案内されてしまいます。では本当の駐車場はどこにあるんだ!?となりますよね。知らない方には難所で、近くにあるのに停められない事案があるようです。さて、資料館の入り口は大変わかりづらいですが、『まるたき呉服店看板がある建物』を、お宮の鳥居に向けて曲がった狭い道の先に『太翔館』の看板が設置されております。その看板の矢印が示す先のちょっとした坂道を上ってもらえれば7台の車が停められる駐車場があります。地元では、休憩や広場で遊ぶ際に車を停めることができる場所として機能しております。
歴史ある建物です懐かしい渡板や床、オルガン、机。たくさんのものがあります。入場無料です。別建物が併設されてエレベーターがついてバリアフリーになっています。
見学料は無料です大正13年旧滝部小学校校舎として建造された、ルネサンス様式を意識した木造建築で、大正期では下見板張り(ラップサイディング)は代表的な学校建築であった、山口県有形文化財この建築物を見るだけでも価値がある!1F 玄関昇降口、教室、教員室、和室(女礼室)、左右階段2F 講堂、バルコニーバルコニーには出られないし、内部から見られない、女礼室とは女子生徒が行儀作法を学ぶ?ような場所です、、、ゆっくりと自分ペースで見られるのも私には良かった、お隣が滝部神社で、校舎の美しい窓辺から見える鳥居やご社殿もなかなか見る価値のあるものです、神社も狛犬や木鼻が素晴らしいのでどうぞ参拝してください!
元小学校の建物を利用した資料館ですが、大正時代に建てられた建物はすごく趣があります。古いものに興味がない人には退屈でしょう。じいちゃんばあちゃんには興味深く観てもらえました。地域にこんな民俗資料館があるのは羨ましいですね。
旧滝部小学校明治36年開校、大正時代の建物で県指定有形文化財に指定されています、建物の中では豊北地区の歴史的祭り浜出祭が一覧出来ます。
豊北町の歴史と民俗文化を学びに、足を運びましたが、何より建物が素晴らしい✨️取り壊しの危機に、この学び舎から巣立った町民(歴代の卒業生)が署名嘆願して、文化財保護されたらしいです。町の人々の想いも詰まった建物ですね😌
この建物は旧滝部小学校の本館で、大正13年(1924)、滝部村出身の中山太一(元貴族院議員)・豊三・喜助三兄弟の寄付により完成しました。設計はドイツ人といわれ、宮大工の伝統を持つ阿川村の棟梁橋本銀之助によって建造されました。ルネサンス様式の石造建築を木造に取り入れた構造で、大正期の代表的な木造の学校建築として、昭和54年(1979)に県の有形文化財(建造物)に指定され、平成23年(2011)には西教室も追加指定されました。1階は豊北の地域案内や建物の由来、旧滝部小時代の教室が再現された部屋などがあり、2階は講堂で特別展や企画展が行われます。2階部分全体が講堂となっており、その広さも見物です。
古い生活道具を期待していたのですが、行ったときの展示は、魚を獲る網の設置のしかたに関する展示のほかは、この建物のそもそもの目的であった小学校を建てた当地の名士と地元の宮大工集団のこと、奥の細道を芭蕉とは逆に辿った女流俳人の菊舎のことが中心でした。古道具は米などを臼でつく足踏み式の道具くらいだったと思います。新しい展示にも行ってみたいと思いました。昔の机が並べられた一室には机の上に子どもたちのそれぞれの研究レポートが乗っていました。それぞれ一生懸命調べたり実験したりした成果が表れていました。とても感心しました。
入場料無料が良いですね。
| 名前 |
下関市立豊北歴史民俗資料館(太翔館) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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貴重な資料が見れる建物の保存状態が良い。