雪舟の弟子の庭、益田家の菩提寺。
大薀寺の特徴
戦国時代後の益田家の菩提寺で歴史深い場所です。
気さくで感じの良いスタッフが迎えてくれます。
檀家にとって安心できる居場所として親しまれています。
戦国時代後、この地を治めていた益田家の菩提寺です。元々は弥富村に創建されましたが、火災にあったあと、20代益田元祥の頃に須佐へ移されました。大薀寺の裏庭には雪舟の弟子が作ったと伝えられるきれいな裏庭があります。
気さくで感じの良い奥様で、檀家にとっては安心できますね☺️
| 名前 |
大薀寺 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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雪舟の弟子が作庭したお庭があるお寺です。そのお庭に、松と梅が合体した木があり、根元には笹(竹)が生えてきて、「松竹梅」になっています。おまけに、幹の途中から「まんりょう」だったかな「せんりょう」だったかな?が自生してきて、なんともおめでたいことになっています。大薀寺は、須佐初代領主 益田家20代 益田元祥(もとよし)が、父 19代 藤兼の菩提寺とするため、弥富にあった妙悟寺(現 全柳寺)を移して建立したお寺です。藤兼の戒名「光源院殿大薀全鼎大居士」から「大薀寺」としました。益田家初代 国兼から33代 親施までの位牌が安置されています。