幻想的な雪景色と八幡神社。
亀山八幡神社の特徴
立派な鳥居と杉の大木が迎える神社です。
神秘的な雰囲気が漂う参拝スポットです。
乙九日炎の祭典が行われる特別な場所です。
亀山八幡神社は、中国自動車道の戸河内ICの北27.1kmほどの山県郡北広島町宮地に鎮座している神社です。旧社格は村社です。天喜元年(1053年)この地の開拓者の岡田七郎右衛門が西八幡原の地で神鏡を得て、その地に社を建てて八幡宮として崇め祀ったと伝わります。慶長2年(1597年)新庄日野山城主の吉川広家が再建しました。御祭神は、応神天皇です。岡田七郎右衛門が老齢になって厳島大明神も勧請しました。また当境内には戦国領主 栗栖権頭を祀った殿宮神社や、鉄山の守護神を祀った金屋子神社もあります。毎年9月の例祭には、神社一帯を会場に町や観光協会でつくる実行委員会主催で『乙九日炎の祭典』が開催されています。この祭典はこの土地が室町時代「雄鹿原合戦」の古戦場だったことに因んで、鎧兜に身を包んだ武者が夜間、松明片手に練り歩く「松明行列」や境内で行われる「大松明の練りまわし」などが人気で、炎と光のお祭りを楽しもうと毎年2千人の来場者で賑わっています。令和7年(2025年)室町時代のものとみられる「胴丸(よろい)」が発見されました。後世の改修や修理の痕跡がなく、約500年前の姿を奇跡的にとどめるといいます。専門家は「材質などから当時の高級品と考えられ、文化財として大変貴重とのことです。神社のある「宮地(みやち)」という地名は、かつてあった安芸広島藩の山県郡(やまがたぐん)宮地村に由来します。明治22年(1889年)宮地村・荒神原村・政所村・雲耕村・中祖村・橋山村が合併して、雄鹿原村(おがはらそん)が発足しました。昭和31年(1956年)雄鹿原村・八幡村・中野村・美和村が合併して、芸北町が発足しました。平成17年(2005年)芸北町・大朝町・千代田町・豊平町が合併して、北広島町が発足しました。
幻想的な夜でした。
静かな神社へ来た時気分がリフレッシュする感じする。
お正月、移動中に素敵な神社があったので、初詣に👏✨雪景色の中の鳥居や神社は、素晴らしい景観でした☺️1053年に創建された由緒ある神社で300年以上も前から開催する乙九日(おとくんち)炎の祭典は見応えあるお祭りのようです😊
「北広島町:亀山八幡神社」2024年11月に訪問しました。参道も鳥居も大規模でこのあたりでは一番大きい神社なのではないでしょうか。調べてみると、山県郡奥山庄18ヶ村の総社とのこと。境内に一つの根から数本が生える珍しい連木の杉があります。樹齢は400~600年といわれ町の天然記念物になっています。神社活性化を図るべく、室町時代にこの地で起きた雄鹿原合戦にちなんで催される「炎の祭典」での神楽の復活に向けた活動やSNS等を用いた広報活動を展開しています。 「乙九日祭り」で は勇壮な炎の祭りで、松明を持つ武将が練り歩きます。【案内板より】当地方を開拓した七郎右衛門が西八幡原の山麓で神鏡を得て、この地に奉祀したことに始まる。祭神は応神天皇。七郎右衛門が老齢になったことに厳島大明神も勧請した。また当境内には戦国領主・栗栖権頭を祀った殿宮神社や、鉄山の守護神を祀った金屋子神社もある。その後、慶長12年(1597年)に新庄日野城主である吉川広家が社殿を再建して以来、幾度か再建整備され今日に至る。毎年9月29日に開催される乙九日祭りは名高い。
連木の杉と言われる立派な杉木が印象的な神社でした。
そこその広い境内に、立派な鳥居が目立つ八幡神社です。御朱印はありません。
切妻造妻入り 二間×二間 桁行三間 背面宇豆柱は側柱と同じ太さ 階隠なし 土台建ち。
立派な由緒あるお宮さんでした。
| 名前 |
亀山八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0826-35-0578 |
| HP |
http://www.hiroshima-jinjacho.jp/hirosima_jinja/?search_area=22 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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北広島町の亀山八幡神社の赤瓦です。